第19話 転落
三階の音楽室から反対側の六年生の教室まで扉を二回ノックするのを繰り返しながら、俺はビオリちゃんのことを探した。
「いない……」
音楽室にもコンピュータ室にも三つある五年生の教室にも同じく三つある六年生の教室にもビオリちゃんは隠れていなかった。扉を開ける時に二回ノックするという俺とビオリちゃんとミライくんの決め事を律儀に守って、俺は一つ一つの教室の扉を二回ノックした。
教室の中には誰もいないのに。
「三階は全部見た……」
どこにいるんだ。
三階を端から端まで見て回ったが、ビオリちゃんの姿どころかショウさんの姿もない。二人とも別の階にいるのだろう。俺はビオリちゃんとミライくんのことを守りたいと思っていたのにそれができなかった。
「二階に行って、ミライくんと合流しないと……」
歩き回った足が疲れている。心臓も動いていないのに疲れだけは感じることに渇いた笑いが出た。腹が減ったりといった人間らしい欲求はないのに、疲れは感じるなんておかしな話だ。
きっとこの疲れは歩き回ったことだけではなく、この状況で感じているストレスのせいだ。
「あれだけビオリちゃんとミライくんのことを助けるって言ったのに……なにもできていないじゃないか!」
二人を守れないという焦燥感。
これはあの時と同じだ。
「……あの時?」
ビオリちゃんとミライくん以外に、頭の中に誰かの顔が浮かんでくるような気がした。しかし、その姿はぼんやりとして、肝心な顔の部分が分からない。
ただ分かるのは、その人が女性ということと、俺がビオリちゃんやミライくんと同じように、その人のことを守りたいと思っていることだった。
そして、その守りたい気持ちが踏みつぶされて無残なことになるのも、知っている。
もしかして、生前、俺はこの人を守れなかったという悔いを残してしまって、成仏できずに怪談になってしまったのではないだろうか。
俺は生きていた頃の心残りを解消するために、ビオリちゃんとミライくんのことを助けようとしたのではないだろうか。純粋に二人のことを守りたいと思ったわけじゃないとしたら、俺は二人のことを俺の心の安寧のために利用しようとしていたことになる。
「……最低な奴じゃないか」
痛む頭を片手で押さえて、二階への階段に向かって、足を踏み出した。しかし、懐中電灯を持っていない暗がりの中、俺は階段を見失い、見事に階段がない場所に足を置こうとして、そのまま、重力によって階段から引きずり落とされた。
暗がりの中、床に密着した肌が音を感じた。
ぺた、ぺたと、近づく音。
そこには、足があった。
ビオリちゃんはローファーを履いている、ミライくんはサンダル、ジゲンさんは下駄、ショウさんはスニーカー、タヌキさんは確かパンプス。
視界に写るその足は、裸足だった。
しかし、その足が誰のものか確認する前に目の前が暗くなった。
その暗がりが、自分が瞼を閉じたのか、それともただただ踊り場が暗いままなのかは分からなかった。
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