第16話 自然な考え


「そういえば、二人は自分の怪談が分かってるって言ったよね?」

「はい」

「うん! ちゃんと分かってるよ!」

「ということは、タヌキさんもショウさんも自分の怪談は把握してる状態だろうね……」


 職員室のデスクの一つに腰かける。


 この校内を移動している時に薄々感じていたことだが、この学校は廃校ではない。その証拠に職員室のデスクの上には、先生のものと思われるファイルや文房具などが置かれていた。引き出しの中には私物などが入っている。

 教室の後ろのロッカーや机の引き出しにも荷物が残っていた。

 朝になれば、この職員室に教員が出勤してきて、教室に子供たちがやってきて、この学校は賑やかになるのだろう。

 その時、ジゲンさんの死体はどうなる?

 床にめり込んだ十体の地蔵は?

 生き残ったとして、俺達は?


 ふと、がさごそと音がした。見るとミライくんがデスクの引き出しを開けて、楽しそうに引き出しの中身を見ている。そこは女性教員のデスクだったのか、化粧道具などをいれているポーチを開いて、彼は中身を見たりしていた。


「ショウさんの怪談を知った方がいいと思うんだ」


 夜が明けた後のことを考えるのは後だ。

 今は生き残るだけ考えよう。


「ショウさんの怪談ですか」

「ショウって名前は本名かな?」

「あの自己紹介の流れで本名を明かすとは思えない……」


 俺はとっさ自分の本名が口をついて出てしまったが、さすがのショウさんもあの場で本名を名乗りはしなかっただろう。


「じゃあ、分かっているのは彼が学生ということと、人を燃やすというくだりがある怪談ということですね」

「たぶん、あの制服、あれだよ! 学ランって言うんだ!」


 ミライくんの言葉に俺は頷いた。


「ビオリちゃん、このあたりで学ランを着ている中学校と高校っていくつある?」

「三つありますね。高校が一つ、中学校が二つ。ショウさんの見た目からして、高校生だと思いますけど……成長が早い中学生の可能性もありますし、詳しいことは見た目だけでは……」


 俺は顎に手を当てた。


 この市内の怪談を調べようとしても、ネットでぴったりな怪談を探すのは難しいかもしれない。

 ネットの情報というものは発信者が自らの情報を隠すため「近所の話なんだけど」と言いつつ、詳しい場所は絶対に明かさない。そのため、この市内に伝わる怪談話だけをネットから拾うことはできないとは言わないが探し出すまでに膨大な時間を要するだろう。


「コクリさんが学校の中にお互いの情報を用意してるって言ってたよね? どこにあるのかな?」

「全部一か所に集めておくわけがないと思うから、バラバラの場所にあるんじゃ……」


 考えていたところで時間は過ぎていくだけなのは分かっているが、闇雲にこの学校の中を歩き回すのはよろしくない。歩き回れば歩き回るほど、ショウさんに見つかる可能性が高くなる。

 ビオリちゃんが軽く手をあげた。


「あの、私、考えてることがあるんですけど、いいですか?」

「いいよ」

「もしかしたら、私達怪談に関係がある場所に情報が用意されているのかもしれません。もし、そうじゃなくても、その一つを確かめることができます」


 俺とミライくんは顔を見合わせた。

 彼女が言う確かめる方法がなにか想像できない。

 彼女は自身の胸元に手を当てた。


「私の怪談に由来があるのは、屋上です」

「あっ」


 ビオリちゃんは学校の屋上から飛び降り自殺をした。

 もし、コクリさんが、それぞれの怪談に合わせた場所に情報を置いているのであれば、屋上には必ずビオリちゃんの怪談としての情報があるだろう。


「それじゃあ、今から屋上に行こう」


 ビオリちゃんが職員室の中を懐中電灯で照らすと、俺は鍵が並んでいる壁に近づいた。そこには多くの鍵が並んでいる。三段並んでいる中の一番上の段の右端にあった「屋上」と書かれた鍵を手にとる。


 もし、屋上にビオリさんについての情報があったら、他の人間の怪談もそれに準じた場所に情報が置かれていることになる。

 であれば、もうすでにショウさんとタヌキさんが自分に関係ある場所に行き、その情報を回収していることも視野に入れないといけない。

 そうなったら、行き当たりばったりになってしまう上に、ショウさんからビオリちゃんとミライくんをどう守ったらいいのか分からない。


「もし、途中でショウさんに出会ったら、ビオリちゃんとミライくんは振り返らずに逃げてほしいんだ」


 俺の言葉にビオリちゃんは職員室の扉に伸ばした手を止めた。ミライくんもじっと俺の顔を見てる。


「僕でも分かるよ。おじさん、あのお兄ちゃんと対決するつもりなの?」

「大丈夫だよ。対決なんて、そんな仰々しいものじゃないから」

「だよね! だって、武器もなにも持ってないし、おじさん、怪談としての自分のことも忘れてて力がどんなものかも分からないんでしょ?」


 小さい子は周りを見ているというのが、ミライくんを通して身に染みる。

 彼はにっと笑った。


「そんなの対決にもならずにおじさんが死んで終わっちゃうね!」

「そこまで一方的に終わるつもりはないけど……」

「アナイさん」


 俺が困ったように頬を掻くと、静かにビオリちゃんが口を開いた。あっけらかんとしているミライくんと違って、こちらには笑って誤魔化すことはできなさそうだ。

 たぶん、俺が犠牲になったところで、長い時間を稼げるというわけではない。それにショウさんに対抗するための人手が一つ減ると考えると大きな痛手だろう。


「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


 俺にショウさんを殺す気やまともに対決する気がないことを責められるかと思った。だから、ビオリちゃんのその言葉に俺は「へ?」と間抜けな声をあげてしまった。ビオリちゃんが俯くと共に、彼女が手にしていた懐中電灯も下を向く。


「どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?」

「どうしてって……」


 俺は首を捻った。

 俺からすれば、ビオリちゃんもミライくんも今夜初めて会った仲だ。前から特別な感情を持っていたわけではないし、今まで会ったことがあるわけでもないだろう。

 むしろ、会ったことがある気がする、という感覚なら参加者の人間よりも主催者のコクリさんの方に感じる。


「俺、助けられる命があったら、助けたいと思うんだ。たぶん、それって、俺の中だと自然な考えだと思う」


 例え、初対面だとしても、俺がビオリちゃんとミライくんのことを「助けないと」と思ったことも事実だし、死んでいる二人にこんなことを思うのもおかしなことだが、二人には「生きていてほしい」と思っているのも事実だ。

 過去のことも、自分がどんな怪談で、どんな風に人を怖がらせていたのかは分からないが、この純粋な気持ちだけは、今の自分にある本当の気持ちだと信じたい。


「だから、安心してほしい。俺は二人のことを裏切るつもりはまったくないんだ」


 俺は目の前にいるミライくんの手を握って、ビオリちゃんに微笑んだ。ミライくんは俺の手を握り返して、笑った。


「僕、知ってるよ。おじさんみたいな人をおひとよしって言うんだ!」

「あはは、確かにそうかもね」


 ミライくんと笑い合っているとビオリちゃんが重たい息を吐いて、ぎこちなく笑った。


「私も、アナイさんのこと裏切りません」

「僕も!」


 二人の気持ちが嬉しくて、こんな状況なのに、俺は頬が緩んだ。

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