第15話 懐中電灯
俺達は廊下を歩いていた。
先ほどと同じように先頭をこの学校の構造を知っているビオリちゃん、真ん中をミライくん、しんがりを俺にして、歩く。向かっている先は一階の職員室だ。
「職員室には絶対懐中電灯があると思うので!」
これからもっと暗くなる校内で電気もつけずに動くのは得策ではない。かといって、コクリさんが人数分の懐中電灯をどこかに用意しているわけではないだろう。だから、いち早く元々学校内にある懐中電灯を探そうという話になったのだ。
「ショウさんがどこにいるのか分からないね……」
「どこかで待ってるんじゃない? だって、殺してほしいなら俺のとこに来い! って言ってたし」
ミライくんは俺とビオリちゃんが前と後ろに注意を払っているから、あまり怖がっていないみたいだ。怖がられてもどう落ち着かせていいのか分からないから、ミライくんほどあっけらかんとしていると手がかからなくて困ることもない。
「もしかしたら、学校の中を移動していて、移動はしているけど、殺してほしかったら俺のことを見つけろってことじゃないですか?」
「うーん……どちらにしても、鉢合わせた瞬間にこちらに襲い掛かってきそうなのは否めないな」
ショウさんがどのように他の参加者たちを殺すかは分からないが、彼が俺たちのことを逃がすつもりがないのだけは分かる。
十体もの床にめり込んだ地蔵を見ていれば、それは容易に分かることだ。一度引けばいいのに、十体も地蔵が落ちてきてもなおショウさんはジゲンさんに挑んで彼の顔を燃やした。
人を殺すことにそこまで執着するのも珍しい。
「あと、問題なのはタヌキさんのことですよね。彼女もどこに潜んでるのか分かりませんし……」
「ああ、彼女なら、さっきジゲンさんの死体がある教室で会ったよ」
ジゲンさんの死体の状況報告と、どんどん暗くなっていく校内の状況に危機感を覚えて、先にその話をするのを忘れていた。
ビオリちゃんが振り返って、俺のことを凝視する。暗い中であまり分からないが、彼女が驚いているのが分かる。
「ごめん……懐中電灯の方が先かと思って」
「いえ、えっと……タヌキさんと教室で会ったんですよね? どんな話を……ていうか、話、できたんですか?」
やはり、気になるのはそこだろう。
ビオリちゃんとミライくんが見ていたのは、彼女が一瞬でも早く教室から出て行こうとする様子と、彼女の異質な顔面だけだ。あれだけを見せられていたら、タヌキさんが対話できる人間だと思えないはずだ。
「ああ、普通に会話できたよ。俺が持っていた鉛筆とメモ帳を渡しておいたんだ」
彼女が俺が渡したメモ帳に彼女が書いた文面と、仕草からして、彼女は確固たる自分を持って、貫くような女性だろう。少なくとも、訳の分からない現状に怖がって、泣きながら逃げ出すような人間ではない。
「それでどんな話をしたんですか?」
「まずは俺たちが殺し合いに消極的だっていう話をしたんだ。この殺し合いは無意味だって。そしたら、彼女は「一理ある」って言ったんだ」
「一理ある、ですか」
「全面的に肯定はできない感じだった」
彼女には復讐したい対象がある。
世の中、と彼女は復讐したい対象のことを言っていたが、それは可能なのだろうか。生きている人間が相手でも、霊的な存在が相手でも、コクリさんは復讐する権利を与えると言っていたが「世の中」はさすがに範囲が広すぎるのではないだろうか。
もし、それも可能だとしたら?
世の中の人間、建造物、動物、植物、存在するもの全てに対しての復讐が可能だとしたら?
彼女だけは生き残ってはいけないのではないだろうか。
人を殺したくないと言いながら、こんなことを考えるのはいけないことだとは思うが、それでも俺はショウさんとタヌキさんがどこかで出会って、潰し合ってくれることを望んでしまっていた。
そんなことを考える自分が嫌になる。
「アナイさん?」
俺のことを振り返ったまま、ビオリちゃんが声をかけてくる。心配そうな表情から彼女が何度か俺に話しかけていたのが分かる。
「ごめん、考え事してて……」
「あ、すみません。それで、タヌキさんは私達と一緒に行動しない、っていう結論になったんですよね?」
「大人数で歩くとショウさんに見つかりやすくなるからって言って、彼女は去っていったよ」
俺は彼女が俺達と一緒に行動をしたくないもう一つの理由については口をつぐんだ。
タヌキさんは、殺し合いをしたくないと、俺以外の二人もそう考えているとは限らない、と言っていた。彼女は直接会って話をした俺以外のビオリちゃんとミライくんのことを疑っているのだ。
一緒に行動したら、二人のうちどちらかが、もしかしたら自分のことを殺すかもしれないと。
ビオリちゃんとミライくんに限ってそんなことはないと思うが。
この話をするのは、ビオリちゃんとミライくんに不信感を持っていると伝えるだけだから、俺はなにも言わないことにした。
あと、タヌキさんの復讐対象が「世の中」であることも話さなかった。彼女はそこまで考えずに俺に復讐対象の話をしたのだろうが、聞かされた俺は悩みに悩んでいる。
いったい、どのように死んで、どのような怪異になったら、当たり前のような顔をして、世の中に復讐しようと思えるのだろうか。
「あ、もう少しで職員室ですよ」
ビオリちゃんが小声でそう伝えてくる。廊下を歩いている時は常に小声のやり取りを心がけている。ショウさんに見つからないように細心の注意を払っていると、どうにも疲れる。
「懐中電灯を見つけたら、少しだけ休もう」
俺の言葉にビオリちゃんとミライくんは頷いた。
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