第二幕 れいじ
第14話 怪談らしさ
タヌキさんが出て行って、ジゲンさんの死体と二人きりにされた俺は、教室の床に突き刺さっていた地蔵を見た。どこにでもありそうな地蔵だと最初に見た時は思ったが、よくよく見てみると優しく微笑んでいる普通の地蔵と違い、教室の床に突き刺さっている地蔵はにんまりと口角をあげて、目も細めている。
恍惚、というのはこういう表情なのだろうか。
この地蔵を見るのは、ジゲンさん、いや、「異次元のお地蔵さん」を見つけた時だ。そして、無下に扱えば、頭の上にこの地蔵が落ちてくる。礼を尽くしても、いつか礼を忘れてしまえば、頭の上に落ちてくる。
頭の上に落ちてきた地蔵がしているのがこの表情だと思うと、なんとも言えない気味の悪さを感じてしまう。
「……趣味が悪い」
そうとしか言えなかった。
人を潰しておいて、そんな表情を顔に刻んでいる地蔵も、礼を尽くしてもらっておきながら、その人物を追い詰める陰湿さも、全て、気味が悪かった。
それと同時に、嫌な想像をした。
怪談は総じて気味が悪いものだ。嫌悪感や恐怖を人間が抱き、それが噂として広まるから怪談となる。そして、この学校に集められた俺達六人は全員、この市内の怪談話として名を知られている。
つまり、俺もジゲンさんと話は違えど、怪談としての気味の悪さを内包していることになる。
俺だけではない。
ゲームが本格的に開始される前にコクリさんにより退場させられた女性も、最初から殺し合いに乗り気だったショウさん。俺達と行動はしないものの、殺意を見せなかったタヌキさん。信用して一緒に行動しているビオリちゃんにミライくん。
全員が怪談としての気味の悪さを内包しているのだ。
そして、俺は自分の記憶を思い出せないから気づいていないだけで、俺もジゲンさんのように生きている人間を弄んだ上に殺している怪談かもしれない。
それは絶対に嫌だ。
今更過去のことを変えることはできないのに、俺はそんなことを考えた。
「……カメラがあれば、この状況を二人に伝えやすいのに」
俺はどんよりとした考えから目を逸らすようにそんな言葉を口にした。なんにせよ、この場にタヌキさんが死体の確認をしに来たということはジゲンさんのことを殺したのは、ショウさん以外にあり得ない。
ショウさんも自分でジゲンさんのことを殺したと、校内放送で暴露していたから、そこは間違いないだろう。
誰かがショウさんのふりをして、ジゲンさんを殺したと嘘をつくメリットもない。
俺は教室から出て、二人が待っているはずの二階の教室へと急いだ。
万が一、ショウさんに見つかって、二人が隠れている教室まで案内をしてしまわないように、俺は廊下をきょろきょろと見回して、細心の注意を払いながら、二階へとあがった。二階の廊下も同じように確認した上で教室の扉を二回ノックしてから開けた。
教室の窓際の机にビオリちゃんとミライくんが座っていた。
ビオリちゃんは机に軽く腰掛け、ミライくんは椅子に座っている。ミライくんには小学生の椅子の大きさがあっているのだろうが、ビオリちゃんには合わなかったのだろう。
「ノックの合図決めていてよかったですね」
ビオリちゃんが座っている傍らの窓には柄の長いモップが立てかけてあった。きっと、俺ではない人が来た時のために教室の掃除用具入れから取り出していたのだろう。
「二人とも、なにもなかった?」
「うん、なかったよ! 誰も来なかった!」
ミライくんが頷き、俺は後ろ手で教室の扉を閉めた。
いつの間にか、真っ赤だった日差しもなりを潜め、教室内は目を凝らさないと影と人の区別がつきにくくなるほどの暗さになっていた。
「それじゃあ、下の教室で見たものを報告するね」
俺はいつでも動けるように立ったまま、座っている二人に報告をすることにした。
「やっぱり、ジゲンさんは亡くなっていた。やったのはショウさんだと思う」
「そうですか……」
「ジゲンさんの遺体なんだけど……燃えてたんだ」
「燃えてた?」
ミライくんが首を傾げる。
もしかしたら、あの時手を伸ばしたショウさんからミライくんのことを庇わなかったら、ミライくんがジゲンさんのように黒焦げになっていたのだろうか。
「実際に燃えているところは見ていないけど、黒焦げになったジゲンさんが教室の真ん中に転がっていたんだ。上半身が黒焦げになっていて、特にひどいのは顔だった」
俺の言葉に思わずビオリちゃんが口元を押さえた。
怪談であり、もうすでに死んでいるといえど、他人の壮絶な死に向き合って、なにも感じずにいられるわけではない。
俺達は死んでいるがそれでも人間らしい部分が残っているのだと俺は思う。そうでなければ、俺はビオリちゃんとミライくんを助けようなんて思わなかっただろう。
「死体の周りには地蔵が十体くらい床にめり込んでた。それでも、ショウさんがジゲンさんに勝ったんだ」
「地蔵に潰されなかったの⁉ すごいねぇ」
俺達は三人とも、ジゲンさんに悪態をついたショウさんの頭の上に地蔵が落ちてきたのを見ている。そして、それに勘付いたショウさんが地蔵を避けるのも見ている。彼の瞬発力が秀でているのは言うまでもない。
「それじゃあ、僕ら、全員、あの人に勝てないってこと?」
ミライくんの質問に俺は答えることができなかった。
俺達は殺し合いを望んでいないが、ショウさんはそんなの知ったこっちゃないだろう。死にたくないなら、ショウさんのことを無力化するか、最悪の場合殺さないといけない。
ここまで来ても、俺は「殺したくないな……」と甘い考えを頭の中で浮かべながら、どんどん暗くなっていく窓の外を眺めた。
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