第13話 復讐対象
ショウさんがコンピュータ室にやってくる前は、元々彼女と合流して、自分達は無害だと主張して、話し合いをするつもりだった。
しかし、今俺がいる教室には燃えた死体がある。
この状況で俺のことを無害だと思ってもらうのは無理がある。
「あの! 違うんです……っ!」
俺が急に大声をあげたことにより、彼女の肩がびくりと震えたが、彼女はすぐに教室内に入ると後ろ手で扉を閉めた。俺がこの死体を作り出した人間だと思っているのなら、できない行為だろう。
「もしかして……俺じゃないって分かってくれます?」
先ほど、ショウさんが放送をした時に自分がジゲンさんのことを殺したと名乗っていた。あの放送はコンピュータ室にだけ流れたわけではないだろう。
学校内に隠れている他の参加者に伝えようと思ったのであれば、校内全体に聞こえるようにあの放送を流したはずだ。
であれば、学校内にいたタヌキさんも彼の言葉を聞いたはずだ。
彼女はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと頷いた。
窓から差し込む赤い光が彼女の髪の隙間から見える顔を映し出す。
彼女の顔は爛れており、そのほとんどが原型をとどめていなかった。鼻と口の位置がどうにも分からないが、見開いた目でこちらをじっと見ていることだけは分かる。
先ほどから微動だにしない瞳を見る限り、瞼もないんじゃないのだろうか。
「あ、そうだ……これ!」
俺はポケットに手を突っ込むと、小さなメモ帳と鉛筆を取り出した。
これはビオリちゃんとミライくんに待つように指示した教室で見つけたものだった。いつタヌキさんと会うか分からないから、みんな持っていようと、メモ帳の中身の紙を三つに分けて、俺とビオリちゃんとミライくんで分けて持つことにした。
「これで話せますよね?」
どう接したらいいか分からないため、自然と敬語になる。俺が差し出したメモ帳と鉛筆をじっと見つめたタヌキさんはしばらくして迷いなくつかつかと俺の前までやってきて、メモ帳と鉛筆を受け取った。
すぐにメモ帳を開いて、彼女は一ページ目に文字を書いて、俺にメモ帳を突きつけてきた。
『他の子たちは?』
「えっと、この教室にショウさんが待ち伏せしている可能性があったので、二人は安全なところに隠れてもらって、俺はジゲンさんがどうなったのかを確認しにきたんです」
彼女は三秒ほど俺の顔をじっと見つめると、先ほどの文字の下に新たな文字を書いて、また俺の顔に突きつけた。
『それは自分からやると言ったの?』
「まぁ、ビオリちゃんとミライくんと俺なら、俺が最年長ですから……」
タヌキさんが肩を竦めて、両手を軽くあげた。「やれやれ」と言っているようだった。
最初、問答無用で人の話も聞かずにこの教室から出て行った時は話せるかどうか不安だったが、どうやらタヌキさんは話ができる人らしい。
「俺とビオリちゃんとミライくんは、この殺し合いは無意味だと思ってるんです。ゲームに無理やり参加させられて、それに従って、わざわざ同じ立場の人間と殺し合いをするなんて不毛じゃないですか?」
彼女は顎あたりに人差し指を添えて、考える素振りをした後、メモ帳に文字を書いた。
『君の主張は一理ある』
「それなら」
彼女はいきなりメモ帳を持っていた手の人差し指を突き立てて、俺の唇に指の腹を押し当てた。思わず黙ってしまった間に、彼女は新しい文字を書く。
『でも、それが君たちと一緒に行動する理由にはなりえない』
「え……でも、一緒にいた方が危険は少ないと思いますよ?」
彼女はまた肩を竦めて、やれやれというように手を軽くあげて、首を横に振った。
メモ帳の紙を捲り、さらさらと鉛筆を紙の上に滑らせる。
『まず、君の主張をそのまま他の二人が本気で考えているという証明はできない』
「それはそうですけど……」
『次に、大人数で行動していたら、見つかりやすくなる』
「……」
『よって、私が君たちと一緒に行動することはない』
タヌキさんはそう言い切ると、メモ帳と鉛筆をスーツの自分のポケットに突っ込んだ。
どうやら、交渉決裂のようだ。
すぐに教室から彼女が出て行くかと思ったが、彼女はジゲンさんの死体の隣に屈むと、もしかしたらまだ熱いかもしれないジゲンさんの黒焦げの顔に指先で触れた。
そして、彼女が指でジゲンさんの首を押すと、ぐるんとジゲンさんの首が周り、胴体から頭が離れ、コロコロと転がった。
思わず「ヒッ」と情けない声が出る。
今気づいたが、ジゲンさんは顔を軽くうつ伏せにした状態で死んでいた。それをタヌキさんが彼の顔をひっくり返したことにより、その顔をまじまじと見ることになってしまった。
目がないことは分かっていたが、唇までが焼かれていて、ボロボロになり、剥き出しになった歯に恐怖を感じた。
俺が驚いて声をあげたことで、タヌキさんは死体から目を離して俺の顔を見上げた。彼女の原型を留めていない顔から表情を察することはできなかったが、彼女が目を細めたことだけは分かった。
彼女はメモ帳と鉛筆をスーツのポケットから取り出すと、なにかを書いて、こちらに突き出してきた。
『お互い、こんな苦しい死に方はしたくないな』
「そ、うですね……」
そもそも死にたくないと、すでに死んだ身で考えるのはおかしいことだろうか。
「あの、タヌキさん」
俺は背を向けたタヌキさんに声をかけた。
彼女は肩越しに振り返り、俺のことを見る。
「あなたはさっき、殺し合いは無意味って言葉に対して「一理ある」って返しましたよね? それって、全面的に肯定したわけじゃない……つまり殺し合いにも意味はあるという考えもあなたの中にはあるんですか?」
その場合、もし今後、彼女の方から一緒に行動しようと言われても俺は一緒に行動することができない。俺はともかく、俺と一緒に行動してくれているビオリちゃんとミライくんを危険に晒すわけにはいかない。
殺し合いに意味があると思うということは、殺し合いの果てにある復讐に価値を見出しているということだろうか。
「あなたには復讐したい相手がいるんですか?」
彼女は再度メモ帳と鉛筆を取り出して、それを俺に突きつけた。
『世の中』
彼女はその文字を見せると、もうこれ以上話すことはないというように、さっさと教室から出て行ってしまった。
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