第12話 死体の検分


 ジゲンさんの死体を見つけただけでこの教室から出るわけにはいかなかった。

 ビオリちゃんとミライくんの元に逃げ込んで「ジゲンさんが死んだ」とほぼ分かり切っていることを言うことは馬鹿にだってできる。

 俺は意を決して、ジゲンさんの死体に近づいた。

 彼の身体の一部は黒焦げにならずに残っていた。炎に包まれても全身が黒焦げにならないなんてことがあるのか、と漠然と思った。

 死体なんて今まで検分したことがないし、ましてや焼死体なんて見るのは初めてだ。


「……死ぬのか」


 ジゲンさんは「異次元のお地蔵さん」と呼ばれる怪談話だった。

 人間ではないのにこんなにも当たり前のように死体が転がっている。

 よく見ると、一番損傷が激しいのは顔だった。髪の毛が全て縮れ毛になって、顔の皮膚も全部なくなっていて、目玉もどこかにいってしまっている。その代わりに顔から一番離れている足先は燃えた様子がない。


「もしかして、顔を掴んで……燃やした?」


 ショウさんが最初にミライくんに手を伸ばして危害を加えようとしていた時の様子が頭をよぎった。

 彼はミライくんの頭を掴もうとしていた。ジゲンさんが自分の怪談話としての力を知っていて、地蔵をショウさんの上に落としたようにショウさんも自分の怪談話としての力を使ったのだろう。

 見る限り、彼の力は燃やすことと関係がある。

 しかし、それならば、奇妙なことがある。


「どうして、俺達がコンピュータ室にいた時、部屋の中を燃やさなかったんだ?」


 あの部屋に人がいるかもしれないと思って、ショウさんはコンピュータ室の扉を開けたのだろう。しかし、彼は人影がないと分かると扉を閉めて去っていった。

 暗闇の中に潜んでいるかもしれないと思った相手の襲撃のことを気にして去ったとしても、炎が扱えるのであれば、コンピュータ室内に火を放てばいいだけだ。あとは、室内に火が回るのを待つだけ。

 そうすれば、中にいる人間はそのまま焼け死ぬか、慌ててコンピュータ室内から飛び出したところをショウさんに殺されるだけだった。


「ショウさんの力もジゲンさんと一緒で発動の条件がある……」


 怪談話には往々にして「してはいけない行動」と「しないといけない行動」のどちらかがある。


 まず、ジゲンさんの怪談話である異次元のお地蔵さんにおいて「してはいけない行動」は、地蔵を無下に扱うことと地蔵に礼を尽くすことだ。

 この場合、最適解とされるのは最初から無視をすること。関わること自体が詰む怪談話だ。

 そもそもだいたいの怪談話はそういう現象に関わってしまったことにより起こるものだから、関わらないのが一番いい。

 怪談話において「しないといけない行動」というものは、有名な例をあげるとするならば、こっくりさんの五円玉の処分の仕方だろう。

 こっくりさんという遊びに近い降霊術には紙と五円玉が必要だ。五十音のひらがなと赤い鳥居を描いた紙の上に五円玉をのせ、その場にいる全員が五円玉の上に人差し指を置いて、こっくりさんを呼ぶ。


 そして、こっくりさんが帰った後、その儀式に使った五円玉はできるだけ早く処分しないといけない。持っていると不幸が訪れると言われているからだ。

 この五円玉の早めの処分こそ「しないといけない行動」となる。

 そもそも、こっくりさんをやらなければいいという話だが、このゲームに参加させられた俺達には怪談に関わらないという選択肢は今はない。


 怪談に対抗するためにはこの「してはいけない行動」と「しないといけない行動」を見極めなければいけない。

 それを見極めて対処することができたら、相手はただの人と変わらない存在となる。


 かたり、と俺の後ろで扉が動く音がした。

 ショウさんかと思って、距離をとるように窓に飛びついてから後ろを振り返ると、そこにはスーツ姿の女性がいた。


「た、タヌキさん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る