第11話 校内放送


 スピーカーから響いてきた声は思っていたよりも大きな声で俺もビオリちゃんもミライくんもとっさに耳を塞いだ。


『おい! 学校の中でかくれんぼしてる奴ら!』


 それはショウさんの声だった。


「ビオリちゃん、放送室の場所は……⁉」

「一階です! 職員室の隣!」


 ここは三階だ。ショウさんがいる位置からは遠い。この階にショウさんがいないということが分かったのはいいが、いきなり放送なんてして、彼はなにがしたいんだ。

 そんなの「自分はここにいるから殺しに来い」と言っているようなものじゃないか。


『あの地蔵ジジイは俺が殺してやったからな!』


 だいたい察しはついていたが、やはりジゲンさんはもうショウさんに殺されていたのか。

 だとしたら、ショウさんの瞬発力が良くて、地蔵を全部避けつつジゲンさんを殺したのか、途中で暴言により地蔵が落ちてくると分かって口を閉じたのか。

 そのどちらかは現場を見ていない俺達には分からない。


『最初に見つけた奴から楽に殺してやる! 最後に見つけた奴は、つら~い死に方が待ってると思えよ!』


 思わず、ゾッとする。

 もう死んだ人間が怖がるのもおかしな話だが、ショウさんは同じ立場の人間を殺すどころか、痛めつけることに迷いがないのだ。


「お姉ちゃん、こわい?」


 自分の両手を掴んでいたビオリちゃんにミライくんが聞く。ビオリちゃんが慌てて、首を横に振った。


「大丈夫だよ」

「でも、手、震えてるよ」


 俺でさえゾッとしたのだ。俺よりも若いビオリちゃんやミライくんが恐怖しないわけがないだろう。


『探しに行くのが面倒だから、楽に殺してほしい奴らから俺に会いに来い!』


 げらげらと下品な笑い声がプツリと途中で切れて、放送が終わった。

 俺達は数秒、その場に縫い付けられたように動けなかった。しかし、ここで一番年長者の俺は震える唇を一度噛みしめてから口を開いた。


「一度、ジゲンさんがどうなったか確かめに行こう。もしかしたら、ショウさんが勝手に言ってるだけで、二人の決着はついていないかもしれない」


 俺達はショウさんの性格をよく知らない。喧嘩っ早いということぐらいしか今のところ分かっていないが、案外頭が回る人間かもしれない。わざと嘘をついている可能性もある。

 いや、ジゲンさんがショウさんの元から逃げることができたとして、わざわざジゲンさんが亡くなったと嘘をつく理由なんてあるのか。そんなことをしてメリットがあるとは思えない。

 ジゲンさんが亡くなっているのは、ほぼ確定と言っても過言ではないだろう。


「とにかく、確認しないと……状況を把握しないと何も分からないまま殺されてしまう」


 放送室があるのは、ショウさんとジゲンさんが戦っていたのと同じ一階だ。


「二人とも、途中まで一緒に行動しよう。でも一階の教室には俺一人が入る。ジゲンさんの死を確認しようと教室に入った人間を待ち伏せして殺すつもりかもしれないから」

「でも、そうなるとアナイさんが……」

「大丈夫」


 実を言うと怖かったが、俺のことを先ほどヒーローみたいと言ってくれたミライくんと俺のことを信用してくれたビオリちゃんのためなら少しでも虚勢を張れる気がした。

 俺は不安そうに眉尻を下げる彼女の肩に手を置くと安心させるように笑顔を浮かべた。


「これでも足は速い方なんだ。追いかけられてもショウさんを振り切る自信はあるよ」


 ショウさんがどれぐらい速いのか知らない。自分がどれだけ走れるかも分からない。だから、この言葉は嘘だった。それでも、彼女はこれ以上なにを言っても俺が自分の言葉を取り消さないと分かったからか、頷いてくれた。


 三階にショウさんはいないと分かっていたから、俺達は息を潜めながら、足音を立てないように、なおかつ素早く移動した。放送室から離れている階段から一階に降りる。一つ上の二階の教室でビオリちゃんとミライくんには待ってもらっている。


 もしかしたら、ショウさんが一階から二階にあがって、他の参加者を探している可能性もあるので俺は早く二人の元に戻らなければいけない。


 一階の教室に入った瞬間、俺は息苦しさに噎せた。


 料理をしている時に焼いている肉から目を離した時の匂いにそっくりだ。あとは、燃やしてはいけないものを火にいれてしまった時の嫌な匂い。

 俺は思わず、それの横を通り過ぎて、窓を開けた。

 窓から顔を出すと、下の茂みが目に入る。外の空気を吸うと、いくらかはましになった。袖を口と鼻に押し当てて、教室内を振り返る。

 教室の床にめり込んだ十体ほどの地蔵の中心には、黒焦げの人の形をした何かがいた。

 燃やされたとみて間違いないだろう死体の背は縮こまっていて、燃えている途中に焼き切れた着物の切れ端が教室の床に残っていた。


「……ジゲンさんは、やっぱり死んだのか」


 そこにある死体は、まぎれもなくジゲンさんだった。

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