第10話 欲張り地蔵

 ショウさんがコンピュータ室の前から去った後、十分ほど経過しただろうか。コンピュータ室内では時計を見つけることができなかったため、今の時間は分からない。パソコンの電源をつければ、今の時間は分かるかもしれないが、そんなことをしている暇はない。


「ショウさんが三階から去ったと分かるまでは下手な行動はしない方がいいかもしれないですね……」

「そうだな。彼がここにいるということはジゲンさんは……」

「あのまま、二人はあの教室で戦ってたんでしょうか?」


 ジゲンさんの姿を思い出す。

 着物を纏う腰が曲がった老人。杖はなかったが、彼が立った姿を見ていない。もしかしたら、歩くのは遅いかもしれない。ショウさんに最初攻撃を仕掛けられた時も、彼は微動だにしなかった。

 しかし、彼がショウさんの攻撃を受けなかったのは、ショウさんの上に地蔵が落ちてきたからだ。


「私、ジゲンさんがなんの怪談が分かったかもしれません」


 暗闇の中、ビオリちゃんが口を開いた。暗闇に目が慣れてきたおかげで電気をつけなくとも、机の位置は分かる。ショウさんが戻ってきても隠れられるように俺達は机の傍に立っていた。


「なんの怪談? 教えてー!」


 無邪気に聞くミライくんと目線を合わせるようにビオリちゃんはかがんで彼の両手を軽く握った。


「異次元のお地蔵さんっていう怪談話があるの」

「「異次元のお地蔵さん?」」


 思わず、俺とミライくんは二人とも怪談話の名前を鸚鵡返しにした。「異次元」と「お地蔵さん」なんて、合わないにも程がある単語が合体させられているのだ。初めて聞いた人間の反応はこんなものだろう。


「そう。異次元のお地蔵さん。そのお地蔵さんはどこにでも現れるの。道端でもコンビニの横でも、どこにでもいるの。そして、そのお地蔵さんを見つけた時は、スルーしないといけないの」


 俺とミライくんは彼女の話をよく聞くために耳を澄ませた。彼女は死ぬ直前まで女子高生だった。この手の怪談話もきっと友人伝いに彼女のもとに舞い込んできたのだろう。


「間違っても悪口を言ったり、唾を吐きかけたりしたらダメ」

「悪口を言ったらどうなるの?」

「お地蔵さんが頭の上に落ちてくる」


 俺とミライくんは思わず黙った。

 それは間違いなくジゲンさんに危害を加えようとした上、彼のことを「老いぼれジジイ」といったショウさんの身に起きたことだ。

 なるほど、彼がジゲンさんに対して暴言を吐いたから頭の上に地蔵が落ちてきたのか。

 あの様子なら、彼が息をするように暴言を吐く度に地蔵が頭の上に落ちてきていただろう。暴言だけではなく、ジゲンさんに対して攻撃するのもダメに決まっている。

 殺そうと思ったら、一撃で殺して、すぐに頭の上から落ちてくる地蔵から逃げなくてはいけない。ジゲンさんを殺すのはどう考えても難しいだろうが、暴言を吐かなければ、まだやりやすいだろう。


「だから、ジゲンさんはやりやすいショウさんを相手にしたのか……」


 彼なら暴言を吐き続けると踏んで、俺達のことを見逃して、より殺しやすいショウさんとの対決を選んだのだろう。


「でも、お地蔵さんに対して礼を尽くしてもダメなの」

「え?」


 お地蔵さんというのはどの話でも礼を尽くしたら、なにか恩返しをしてくれる存在だと思っていたのだが、違うのだろうか。


「どこにでも現れるお地蔵さんは異次元のお地蔵さんと呼ばれてはいるけれど、それと同時に欲張り地蔵とも言われているの」


 今度は「欲張り」と「地蔵」だ。また聞いたことがない組み合わせが出てきた。


「お供え物をしたり、拝んだりした人のところにまた現れる。どこでも追いかける。そして、その後、見かける度に礼を尽くさないといけない。一度でも礼を尽くさないと頭の上に地蔵が落ちてくるのよ」

「なんだ、それ……礼を尽くしたら、その後はつきまとわれて最終的には殺されるって……」

「だから、異次元のお地蔵さんは、人からちやほやされないと相手を殺す欲張り地蔵とも言われてる……生前は欲張りなおじいさんが人の恨みを買って、殺されて、その後、バレないように死体を埋めて、誰も掘り返さないようにその上にお地蔵さんを置いた、と言われてるの」


 ビオリちゃんはそこまで一気に話すと、ゆっくりと息を吐きだした。


「私が異次元のお地蔵さんについて知ってるのはこのぐらいですね。たぶん、合ってると思うんですけど……」

「ここまで合致してるんだ。きっとあってるよ」


 ビオリちゃんはほっとした様子で胸を撫でおろした。


「欲張りおじいちゃんの話がほんとなら、自分を殺して、地蔵を置いた人に復讐したかったのかな?」


 ミライくんがぽつりと呟いた。

 このゲームに積極的に参加しているということは、ショウさんもジゲンさんも生き残って、復讐したい相手がいたいということだ。もしかしたら、二人ともただただ殺し合いたいだけかもしれないが。

 異次元のお地蔵さんに関しての怪談話に登場するジゲンさんの生前の話が本当のことなら、彼の復讐相手は彼を殺した人間。


「異次元のお地蔵さんの話はどこで聞いたんだ?」

「学校で怪談話が定期的に流行ってたんです。異次元のお地蔵さんの話は私が小学校の頃からありました。私が死んだのが三年前で……話を聞いたのが小学校の頃だから……少なくとも八年以上前からお地蔵さんの話はありましたね」


 彼を殺したのは友人だろうか、それとも家族だろうか。どちらにせよ、まだ生きている可能性は薄いだろう。少なくとも八年前に小学生の間で噂が流行っていたとなるとジゲンさんが亡くなったのはそれ以上前のはずだ。

 時間が経っていれば、復讐の対象もいなくなる。

 だからこそ、このゲームの賞品でもある復讐は無意味なのだ。


「とにかく、ジゲンさんがどうなったのかを知らないと……」


 俺がそう呟いたのと同時だった。

 ジジッという電子音が耳に届いたかと思うと、コンピュータ室内に設置されたスピーカーから人の声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る