第9話 隠れろ
「タヌキさんを見つけたとしても、会話ってできるんでしょうか? あの人、自己紹介の時にコクリさんが代わりに話してましたし……口が……」
ビオリちゃんの言いたいことも分かる。
タヌキさんの顔は爛れていた。
それが火傷によるものか薬品によるものかは、医学に詳しくない俺には分からない。しかし、俺達をいきなりこの理不尽なゲームに巻き込んだコクリさんがわざわざ彼女の代わりに自己紹介をしたのだ。
喋れないのは確定だろう。
「目は見えているようだったから筆談なんてどうだろう? 俺達に害がないと分かってもらえたら筆談も可能かもしれない」
ビオリちゃんが「うーん……」と難しそうな顔をした。
「タヌキさんが無害だと分からない状態なのに、こちらが無害だって先に主張しちゃうんですか? 危なくないですか?」
確かに危ないかもしれない。
でも、どうしてもこのゲームをやるメリットが俺には分からない。
「死んでるのに殺し合いなんて、無意味だろう。……理性があれば、ちゃんと分かってもらえると思ってるから、タヌキさんにも理性があると思ってるよ」
死んでいる人間に理性を求めるのは不思議なことかもしれないが、ビオリちゃんとミライくんは俺のことを信用して一緒に行動してくれる。
これ以上、ゲームに参加したくないという賛同者を増やしたいと思うのは、己の保身のためだろうか。たぶん、そうだ。俺は殺されたくないし、ビオリちゃんにもミライくんにも死んでほしくない。これは俺のワガママだ。
「筆談できるものを探そう。ここは小学校なんだから、きっとどこかに紙と書くものはあるはずだ」
俺の言葉にミライくんは元気よく頷き、ビオリちゃんは渋々と頷いた。
やはり、タヌキさんが安全だとは思えないようだった。
ビオリちゃんがパソコンの電源を落とすと、それに倣うようにミライくんもパソコンの電源を落とした。
「ミライくんはいったいなにを調べてたの?」
「僕がいた病院!」
「知ってる人はいた?」
「うん、いた!」
ミライくんが死んだのがいつかは知らないが、知っている人がいたとすると、長く勤めている医者だろう。彼が覚えているということはミライくんの主治医が病院に残っているのかもしれない。
「それはよかったね」
「うん! よかった!」
ミライくんは嬉しそうに頷いた。
しかし、ビオリちゃんがコンピュータ室の扉を少し開けて、顔を覗かせる時には俺もミライくんも口を閉じた。すると、顔を出したビオリちゃんはすぐに顔を引っ込めて、素早く、しかし、静かに扉を閉じた。
「います……!」
ビオリちゃんが、切羽詰まったように手を振って、コンピュータ室の奥に行くように指示をして、俺はミライくんの手を引いて、奥へと向かった。扉からは死角になる机の下に隠れる。コンピュータ室でよかった。コンピュータ室の机の下は床まで視界を遮ることができる構造になっていた。
ビオリちゃんは慌てて電気を消した後、俺とミライくんとは別の机の下に隠れたみたいで、俺はミライくんを机の下に隠して、隣の机の下に入り込んだ。
俺が身を隠したのと同時に、勢いよくコンピュータ室の扉が開いた。赤い光が差し込んで、壁が赤くなった。
それは誰かが殺されて鮮血が飛び散ったようにも見えて、俺は自分の口を両手で押さえた。
「なんだよ、この部屋、暗ぇじゃん」
ショウさんの舌打ちが聞こえた。
ジゲンさんはどうしたんだろうか。ここに彼がいるということはジゲンさんとの殺し合いが終わったということだ。ジゲンさんか彼が逃げたのか、もしくはジゲンさんを彼が殺したのかの二択だ。
「おーい、いるんなら、出てこーい」
げらげらと笑いながら、ショウさんは扉あたりに立ったまま、コンピュータ室内に声をかけた。
扉から入ってくる赤い日差しが扉に手をかけたままこちらに語りかけてくるショウさんの影を映し出している。
しばらくして、ショウさんの舌打ちが聞こえる。
「んだよ、気のせいかよ。つまんねぇな」
ばしんっと乱暴に彼が扉を閉める。
俺達はしばらくの間、机の下から出られなかった。
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