第8話 ヒーロー
「十五年前に二十七歳で死んだってことは……アナイさんって今は何歳?」
「うーん、四十二歳?」
ミライくんの質問に首を傾げながら答える。
死んでからも年齢を重ねることができるとは思えない。俺の感情も考え方もきっと死んだ二十七歳の頃から成長していないだろう。
ビオリちゃんのおかげで俺がこの学校の裏にある山で亡くなったことが分かった。コクリさんもずいぶん近くから俺を連れてきたものだ。
「この小学校、フェンスで囲まれてるんですけど、学校の裏のフェンスを越えると裏の山ですね」
「本当に近いんだな……」
コクリさんは「記憶と意識がはっきりしない方もいると思いますが、それは抵抗した貴方が悪い」と言っていた。彼女が言っていた「貴方」というのは間違いなく俺のことを言っていたのだろう。こんな近い場所に連れてこられることに対して、どうして記憶と意識がはっきりしなくなるほど抵抗をしたのだろうか。山から離れたくない理由でもあったんだろうか。
自分のことなのにどうも理解できなくて、俺は首を捻った。
分からないのは死因に関しても一緒だ。
「結局、事故なのか、自殺なのか……」
ニュース記事には、俺が車を運転中に崖に突っ込んでそのまま落ちて死んだと書かれていた。ビオリちゃんもニュース記事を見ただけではどちらか断定できないみたいで首を横に振る。
「それは私にも……。アナイさんの記憶がはっきりしないとそこは分かりませんね」
「衝撃を与えて、記憶を取り戻すとか? アニメとかでよくやってるよ!」
「ミライくん、あのね、あれはアニメの話であって、現実とはちょっと……」
「えっ、違うの⁉」
俺は一瞬、ミライくんの提案もありかもと思ってしまったが、現実的な考えを持つビオリちゃんに彼が諭されているのを見て、なにも言えなくなってしまった。
この殺し合いの中で相手に衝撃を与えると言えば、物騒な考えしか思いつかない。
しかし、ある程度、自分の死ぬ前の状況を想像できる。ここまでニュースで自殺かという文字を出せるということは、俺は他人から見て自殺してもおかしくないような状況にいたということだ。
いったいそれがなんなのかは分からないが、俺がこうして、死んでから十五年間、怪談話として存在した理由が自殺してもおかしくない状況と関係あるんじゃないんだろうか。
だとしても、これ以上ネットからその理由を調べることはできないだろう。
ビオリちゃんがネットで俺の死亡記事のことを深く調べても生前の俺について出てくる記録はないと言うから、俺はこれ以上、俺についての調べ物に二人を付き合わせるのが申し訳なくなった。
「とりあえず、俺がどこで死んだのかは分かったから、俺について調べるのはこれくらいにして、話し合いをしようと思う」
「話し合い?」
ミライくんとビオリちゃんが目を合わせる。
二人とも俺達が逃げ出した最初の教室のことを思い出してるんだろう。確かにショウさんとジゲンさんはどう考えても話し合いよりも殺し合いを求めているように見えた。こちらから「対話をしましょう」と切り出したとしても、近づいたところで隙を見て殺されるに決まっている。
俺もそれぐらい分かっている。
「タヌキさんだよ。彼女はすぐに教室から出て行ってしまったけど、もしかしたら話し合いに応じてくれるかもしれない」
「でも、あの人は……」
ビオリちゃんの瞳に困惑の色がにじんだ。
確かにあの人の行動は俺達から早く逃げたいと思う気持ちから出たものだ。
だから、少なくとも「殺し合いに積極的に参加したい」と思う人間の行動ではない。むしろ、殺されたくないと思う人間の行動だった。
「大丈夫。彼女に殺意はないと思う。まぁ、もしあった場合は……二人は俺を見捨てて逃げてほしいんだ」
「アナイさんってヒーローみたいだね」
ミライくんはにっと笑う。
ミライくんみたいな歳の子はやっぱりヒーローが好きなのだろうか。俺も子供の頃は画面の中のヒーローに憧れていたと思う。
ここで弱気になってもミライくんとビオリちゃんのことを不安にさせてしまうだけだ。
「うん。できれば、俺はヒーローになりたいと思ってるよ」
ミライくんが嬉しそうに笑った。
ビオリちゃんが右の肘を左手でおさえて、右の手を顎に添えて、頬杖をつくようにして、口を開いた。
「危険なのは今のところ、ショウさんとジゲンさんですね。最初の教室は避けるとして……どうやって、タヌキさんのことを探しますか?」
「問題はそこなんだよなぁ……」
ショウさんとジゲンさんの性格を考えると、どちらかが引いて逃げたところで相手のことを殺すために追う可能性がある。そして、相手のことを探す道中で他の参加者を見つけたら、確実に殺しにかかってくるだろう。
そして、さらに危険なのは、どちらかがもうすでに死んでいる場合。この場合、生き残った方は他の参加者を殺す目的で動いているはずだ。
つまり、もう二人の殺し合いの決着がついている場合、生き残った方は他の参加者である俺達を殺すために探しているというわけだ。
「とりあえず、こっそりとさっきみたいに隠れながら移動するしかないと思ってるよ。今のところ、電気とかつけなくても移動できるから」
コンピュータ室から出ないと、廊下の様子は分からないが、きっとまだ夕日が廊下に差し込んでいることだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます