第7話 自分の死亡記事
廊下や他の部屋には、扉に嵌めこみのガラス窓があったため、電気をつけることはかなわなかったが、それでも視界に不自由しなかったのは、窓という窓から燃えるような夕日が差し込んでいたからだ。
しかし、コンピュータ室に入った瞬間、先ほどまで視界を覆っていた鬱陶しいほどの赤色が漆黒に掻き消された。
コンピュータ室の窓は黒のカーテンで覆われており、その分厚いカーテンにより、夕日の光が一切部屋の中に入っていなかった。それは扉につけられた小窓に対しても同じだった。
小窓だけではなく、扉の大半を覆う長さの黒いカーテンが扉の前に取り付けられていた。
「どうして、こんなに暗くする必要があるんだ……?」
「コンピュータ室では、モニターに大画面を映し出して、説明をしたりしますし、映画館も暗いでしょう? たまにこの部屋で映画を観たりする授業があったんですよ。道徳の授業だったかな」
暗闇の中からビオリさんの声がする。
少しずつ移動している彼女の声は弾んでいた。ここは彼女の母校だと言っていたから、きっと懐かしい記憶を思い出しているのだろう。
「外に灯りが漏れることはないですから、電気をつけますね」
そう言ってから、彼女はコンピュータ室の電気を全てつけた。
「まぶし!」
思わず、俺は目をぎゅっと細めた。俺の前にいたミライくんは驚きの声をあげて、両手で目を覆っていた。
先ほどまで夕日の光だけで学校内を歩いていた俺達にとって、いきなりの光源は毒だ。
ビオリちゃんも「思ったより眩しいですね……」とぱちぱちと瞼の開閉を繰り返していた。
「とにかく、今はアナイさんのことを調べないといけませんね。二十七歳、アナイ……アナイさんの名前って本名ですか?」
「口をついて出たからたぶん本名だと思う。苗字かな。漢字は、相手の相に、内輪もめの内」
ビオリちゃんが、パソコンの電源ボタンを押す。
この部屋の電気がついたから心配はあまりしていなかったが、パソコンは問題なく起動するらしい。
「内輪もめ……あまりよくない響きですね……」
ビオリちゃんが困ったように眉尻を下げて笑った。
「ごめん……」
それしか思いつかなかった俺の頭はどうかしているのだろう。内輪もめなんて今もっとも起きてほしくない状況だというのに。いや、ショウさんとジゲンさんもコクリさんのゲームに巻き込まれた仲間だと考えると、すでに内輪もめは起きているのだろうか。
「とりあえず、起動はできました」
「問題は次か……」
俺はビオリさんが起動したパソコンの画面をビオリさんの隣に立って覗き込んでいたが、ビオリさんの隣の椅子に座ったミライくんはビオリさんの真似をして、隣のパソコンを起動させていた。
特に注意をすることもないと俺とビオリさんは、ネットに繋がるかどうか確認するために画面を凝視した。
「あ、検索できる……調べるのも問題ないみたいですね」
「きっと外部に連絡をとるのは無駄だろうな」
「そう、でしょうね……」
誰に連絡を取ろうというのか。
友人か家族か警察か。
どこに連絡をとったとしても、俺達はもう死んでいる。名前を名乗ったところで死人からの連絡なんて悪戯と思われるだろう。しかも、他の死人と一緒に集められて殺し合いをしろなんて言われている、なんて、連絡をもらった相手は困惑した後、その連絡をなかったことにするに違いない。
「とりあえず、調べますね」
「ああ、頼む」
ビオリちゃんが「相内」「二十七歳」「死亡」と三つのキーワードを打って検索する。俺について現在分かっていることはこれぐらいだ。
俺の死が報道されているとなると、確実に検索に引っかかるキーワードだ。
なにも見つからないという結果が一番嫌な予想だったが、それは回避できた。検索結果には、一つの死亡記事がヒットした。
『崖から転落! 運転手は死亡! 事故か自殺か⁉』
そんなニュースの見出しが目に飛び込んできた。
記事には事故があった山の名前と、日付と、死んだ人間の名前が書かれていた。
もちろん、そこに書かれていた死亡した人間の名前は俺の名前「相内朋広」だった。
「あない……ともひろ……」
記憶は曖昧なままだが、何故だかこれが俺の名前だと確信できた。
「日付は……」
「えっと、ちょっと待ってください」
ビオリちゃんがパソコンの画面の右端を確認して、カレンダーを開く。そこに表示されている数字と、記事の数字を見比べる。
「今から十五年前の記事ですね」
「十五年前……」
俺が死んでから十五年経っているということか。
「あと、この山って……」
ビオリちゃんは何か気づいたことがあるみたいで、マウスとキーボードをカチカチと叩き始めた。
ちらりと隣の席に座っていたミライくんが見ている画面を覗き込むとそこにはとある病院のホームページが表示されていた。
もしかしたら、そこがミライくんのいた病院かもしれない。彼は病院の医者紹介のページを見て、画面をスクロールしている。自分が知っている医者を探しているのだろう。
「あ、やっぱり」
ビオリちゃんのその言葉に俺は視線を彼女が操作していた画面に戻した。
そこには、空から撮ったと思われる山の写真が広がっていた。
「アナイさんが亡くなった山道がある山って、この小学校の裏にある山ですよ」
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