第5話 三人行動
「おじさんって、絶対不憫な死に方したでしょ」
ビオリちゃんとミライくんと一緒に教室から逃げ出した俺達が逃げ込んだのは理科室だった。
ずっと俺に抱えられていたミライくんは、俺が理科室の床に彼を下ろしたと同時にそんな無慈悲なことを言った。
「それは……もしかしたら、そうかもしれないけど……」
どう考えてもあの場所に殺し合いに積極的ではない若い二人を置いて逃げるのは俺の良心が許さなかった。
「二人とも殺し合いをしたいって感じじゃなかったから……。俺と一緒でただただ巻き込まれただけかと思って」
ミライくんはじっと俺のことを見上げていた。身長は俺の腹あたりまでしかない。たぶん、死んだ時の歳の姿のまま、俺達はここにいるのだろう。
となると、ミライくんは小さい時に死んでしまったのだろう。何故死んでしまったのかは分からないが、こんなに若くして亡くなってしまうなんて、とても不憫な子だと思う。
「あの、さっきは助けていただいてありがとうございます」
理科室の扉を閉めたビオリちゃんが腰を折って頭を下げてきた。そこまで頭を下げてもらうようなことはなにもしていない。
「さっきはとっさに身体が動いただけだから……お礼をされるようなことはなにも……」
理科室を見回す。
人体模型もホルマリン漬けのネズミも、見るのは久しぶりだ。先程、教室で座っていた椅子が明らかに小さかった事から、ここは小学校だろう。
「二人は、殺し合いをしたいと思ってる……?」
俺は突飛な質問を二人にした。
先ほど出会ったばかりの二人だが、二人とも俺の質問に目を丸くして、顔を見合わせた。
ミライくんは実験台の下に収納されている背もたれのない四角の木の椅子に腰かけるとにっと少年らしく笑った。
「おじさんは僕のこと助けてくれたから殺さないよ」
それって、俺以外の人は殺すってことなのだろうか。
見た目は一番無害そうなのに、コクリさんへの一人一つの質問タイムでも霊なのに殺せるのかと物騒な質問をしていた気がする。
俺は本当にこの子を助けてよかったのだろうか。いや、相手がどんな考えを持っていたとしても、あの場で助けないという選択肢はなかった。
ビオリちゃんはミライくんとは反対の位置にある実験台にもたれかかると困ったように口元に微かな笑みを浮かべた。
「殺す、とか……私にはできないと思います。人を傷つけるのも怖いですし……」
そう言いながら、自分で自分の手を握っていた彼女の手は少しだけ震えているように見えた。
「ビオリちゃんって高校生?」
ミライくんが陽気に話しかける。そんな彼に、ビオリちゃんも小さい子供を相手にしているような気持ちになったのだろう。にこりと微笑む。
「はい、そうです。死んだのは、高校二年生の時だから……この服はたぶん、死んだ時に着ていた服」
そう言って、彼女はブレザーの胸元あたりに手を置いた。
制服の姿のまま、彼女は死んだ。
「それって、もしかして、通学中に事故で?」
こんな場で人の死因に興味津々なのもよくないと思うが、俺も気になって質問をする。すると彼女は首を横に振った。
彼女がいつ、どの高校で亡くなったのかは知らないが、高校で人が死んだというニュースはあっただろうか。高校で殺人事件があったのなら、大きく取り上げられると思うのだが。
ビオリちゃんは眉尻と視線を下げた。
「私、飛び降りたんです」
制服を着たまま、死ぬ。
通学中でないのなら、学校で。
他殺でないのなら、残る選択肢は一つしかなかった。
「学校の屋上から、飛び降り自殺しました」
そう言った彼女の笑顔はどこか寂しげで、その自殺が本当に彼女が望んでしたことだったのか、疑問に思うほどだった。
聞いてしまったのは俺だが、なんて返していいのか分からずに、開きかけた口を閉じると、俺の隣で身体を前後に揺らしながらミライくんが快活な声をあげた。
「いいな~! 僕も高校生になりたかった!」
裏も表もなさそうな言葉に寂しげだったビオリちゃんの表情が明るくなる。
「そっか」
君も成長すればなれるよ、なんて言葉は口が裂けても言えなかった。だって、俺達はもれなく死んでいる存在なのだから。これから先、成長することはない。ビオリちゃんが高校を卒業して制服を脱ぐことはないし、ミライくんの背が伸びて制服を着ることはない。
そんな日は一生来ない。
「そういえば、二人は自分がどんな怪談として語られているか分かってる?」
俺の質問にミライくんが「もちろん!」と元気よく答える。
たった今、俺達はショウさんとジゲンさんから逃げてきたところだから、もう少し声は控えめにしてほしい。あとで少し注意しておこう。
「私ももちろん、分かってますよ」
俺は腕を組んで、首を傾げた。
ジゲンさんがショウさんに地蔵を落としたのを見る限り、彼も自分がどのような怪談として語られていたのか知っていて、あのような力が使えたのだろう。
ショウさんも、力を行使しているところを見たわけではないが、ただただ考えもなく地蔵を落とすジゲンさんに突っかかっているわけではないはずだ。
なにも語らずに教室から飛び出していってしまったタヌキさんについては分からないが、ミライくんもビオリちゃんも自分の怪談としての話を知っているとなると、自分の怪談話も理解していないのは俺くらいだろう。
「あの、そんな質問をするってことはもしかして……」
ビオリちゃんの声が尻すぼみになる。
もしかしたら、言ってはいけないことかもしれないと思って、口を噤もうとしているのかもしれない。彼女が気にする必要は全くない。
先ほど、二人に質問して、殺し合いをするつもりはないと確認をとった。だから、俺はこの二人のことを信用することにした。
「大丈夫だよ。どうせ、話すつもりだったから」
こんな訳の分からない状況、一人にならずに複数人で固まって行動していた方がいいに決まっている。
「俺、自分がどんな怪談か分からないんだ」
「えっ、アナイさん、どんな風に死んだかも覚えてないの⁉」
ミライくんが大きな声をあげて驚いたので、思わず俺は口の前に人差し指をたてて「しーっ!」と小声で言った。
すると、ミライくんは慌てて自分の口を両手で塞いだ。素直な行動を見る限り、やはり、彼は小さい子供のままだ。
「そうなんだ。あまり覚えていないけど、口をついて名前と年齢は出てきて……」
「アナイさんという名前と二十七歳っていう情報しか今のところ分からないんですね」
「ああ、そうだ」
正確に言うなら、自分の身体が死に向かう中、どんどん冷たくなっていく身体の感触は覚えているが、これはなんの情報にもならないだろう。
「じゃあ、調べればいいんじゃない?」
「調べるって」
「ここって小学校でしょ? 僕、あんまり来たことがないけど、調べたりする部屋あるんじゃないの?」
ミライくんが俺とビオリちゃんを交互に見る。ビオリちゃんが口元を軽く手で隠すようにしながら「あっ」と何かに気づいたように声をあげた。
「コンピュータ室があると思います。この小学校、たぶん、私の出身小学校なので、場所なら分かると思います」
そういえば、コクリさんが俺達のことを市内から集めたと言っていた。この市内の高校で飛び降り自殺をして亡くなったビオリさんが同じ市内の小学校に通っているのも当然か。
それに、俺も記憶は曖昧だが、この小学校に懐かしいものを感じている。もしかしたら、俺もこの小学校に通っていたのかもしれない。
「じゃあ、今からそこに行こうよ~」
「ビオリちゃん、最初の教室に極力近づかないでコンピュータ室への道案内、頼める?」
「はい!」
彼女は満面の笑みで頷いた。
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