第4話 先手必勝
コクリさんにより、号令をかけられた瞬間、動き出したのはショウさんだった。彼は見た目からして殺しやすそうな入院服を着たミライくんに手を伸ばした。彼が掴もうとしているのは、座っているミライくんの頭だ。
頭を掴んだところで余程の握力がなければ、人間の頭を潰すことはできない。掴んだところで致命傷を与えれるわけではない。
それでも掴もうとしているということは、掴んだ後逃げられないミライくんを死ぬまで殴るか、掴んだら殺せる力を持っているか。
自分の力が分からないため、他の人に何ができるかも分からないが、先ほど手を叩くだけで雷を落とす光景を思い出す。怪談の力によっては人は容易に殺すことができる。
俺は慌てて、ミライくんの手を掴んで、引っ張った。
ミライくんの身体は軽く、そして、彼もショウさんの手から逃れたいと思ったのか、簡単に俺の胸の中に飛び込んできた。
ショウさんが思いっきり舌打ちをして、俺のことを睨む。
「てめぇ、さっきからなに偽善者ぶってるんだよ⁉ 殺し合えって言われただろうが!」
「それは、そうだけど……」
しかし、俺は目の前で人に死んでほしくない。
たとえ、ここにいる人間が全員死んだ上で未練を残して、霊となり、怪談となった存在であっても、人だ。
「若者は血気盛んじゃなぁ」
その様子を教室の扉から一番離れているジゲンさんが眺めながら「ほっ」と菩薩のような独特な笑い方をした。
すると俺に向けられていたショウさんの視線が今度はジゲンさんに向く。
「老いぼれジジイ! てめぇから先に殺してやろうか!」
またジゲンさんが「ほっ」と笑う。
ずかずかと自分に近寄ってきて、羽織の襟を容赦なく掴んだショウさんにジゲンさんが怯むことはなかった。
ダメだ。間に合わない。
俺はミライくんを受け止めて、尻餅をついた態勢になっていて、ショウさんがジゲンさんのことを殴ろうとする間に入ることはどう考えても不可能だった。
それに、間に入ったところでどうなる。
俺が代わりに殺されるだけだ。
俺は「危ない!」と叫ぶことしかできなかった。しかし、ジゲンさんはそこから一歩も動かずにまた「ほっ」と笑った。
次の瞬間、落ちてきたのはショウの拳ではなく、よく道端で見かける地蔵だった。
石でできた地蔵が、天井から落ちてきた。
ショウさんはなにか感じ取ったようで、ジゲンさんの襟から手を離して、飛び退ったから怪我をしなかったが、反応が遅れていたら、きっと石の地蔵に押し潰されていたことだろう。
大きさは俺の膝ほどの高さで、そこまで大きくはなかったが、教室の床にめりこんでいるのを見る限り、人間の上に落とされたら、骨が折れるどころの話ではないだろう。内臓が破裂するぐらいは簡単にできるのではないだろうか。
「外したか。目敏いのぉ」
ぞわり、と。
背筋に寒気が走った。
ショウさんは先程から人を殺す気満々といった形で俺達に相対胃しているが、それはジゲンさんも同じだった。彼は躊躇うことなく、ショウさんのことをすぐに殺しにかかった。
ジゲンさんと目が合う。
彼の口元の皺が深まり、本能的に「逃げなければ」と俺は思った。
ここにいたら、ジゲンさんかショウさんのどちらかに殺されてしまう。
自分の記憶も、他の人を殺すかどうかも二の次だ。
とにかく、ここから脱出しなければ、考えることもできない。
俺は小柄なミライくんのことを抱えると扉近くにいるビオリちゃんを見た。彼女は俺と目が合うとこくりと頷き、教室から飛び出した。
「逃げるのか、つまらんのぉ」
「このクソジジイ、ぶっ殺してやらぁ!」
ジゲンさんのため息交じりの言葉を掻き消すようにショウさんが拳を握りなおして、ジゲンさんに殴りかかった。
彼らの矛先がこちらに向かないうちに、俺はミライくんのことを抱えたまま、教室を出た。
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