第3話 自己紹介


「わしの名前はジゲンさんとでも呼ぶんじゃな」


 先程、唾を吐いた男子高生が足を開いてどかりと椅子に座ったところで、じっと椅子に座ったままだった和服の男性が口を開いた。

 少し曲がった背としわくちゃの顔からして、七十代かそれよりも上の年齢だろう。


「ジゲンさん? 明らかに本名じゃないだろ」


 怪訝そうな男子高生の指摘にジゲンさんは「ほっ」と笑った。先程一人、デスゲームの主催者の手によって一人殺されたから、反抗はしないものの、ピリピリとした雰囲気が漂う。


「殺し合う相手に自分の情報を渡す方がおかしいじゃろう?」

「ああ、そうそう!」


 膝の上についた肘で頬杖をしている彼女は黒い毛先をもう片方の手でいじりながら口を開いた。


「お互いの情報なら、ちゃんと用意しているよ! この学校内にあるから、気が向いたら探してみれば? 同情して、相手のことを殺せなくなったりするのは勘弁してね!」


 最初はゲームの説明もあって敬語だったのだろう。先程、一人始末した時といい、急にフランクになったコクリさんに困惑しながらも俺達は顔を見合わせた。


「ほらほら、自己紹介! さっさとして! 夜は長いけれど、限度があるよ!」


 コクリさんが俺たちを急かすように手を叩くと、ジゲンさんが俺の方を見た。


「お、俺は……」


 正直、あまり自分のことは覚えていない。今のところはっきりしているのは死んだ時の感覚と、コクリさんにどことなく親近感が湧いていることと、自分が二十七歳ということだ。


「俺の名前は相内……アナイさんでいい」


 自己紹介をしようと口を開くと、勝手に名前が出てきた。まるで身体と頭の中が別の生き物みたいだ。口をついて出た言葉とはよく言ったものだが、どうやら、俺の口は自分のことを説明するのに慣れているみたいだった。


「私は、えっと……ビオリ、って呼んで下さい」


 先ほど、俺が庇った女子高生がそう言うと、椅子に座ったままの入院服の少年が元気よく手をあげた。


「僕の名前はミライでいいよ!」


 数人の視線が椅子の上に横柄に座っている男子高生に向く。青年は俺達を見て、舌打ちをしたが、やがて教卓の方を見て、鬱陶しそうに視線を逸らすと渋々と自己紹介をした。


「ショウだ」


 残る一人。スーツ姿の女性は先程からずっと扉の方を向いて、取っ手を引いている。まるでこちらの話には興味がないかのように。


「おい、お前も自己紹介しろよ」


 先ほどまでは自己紹介を嫌がっていたショウさんがスーツ姿の女性の肩を掴んで、こちらに顔を向けさせる。

 その顔のほとんどが、爛れていた。

 目は分かるが、口と鼻の位置がよく分からない。

 思わず、彼女を振り向かせたショウさんも息を呑んで後ずさった。


「あー、仕方ない。彼女の代わりに答えないとね。彼女の名前は……そうだなぁ。タヌキでいいんじゃない?」


 全員の呼び名が分かったところで、今まで何度もタヌキさんが開けようとしていた扉が開いた。タヌキさんはそのまま廊下へと駆け足で走り出していってしまった。


「いったいなんなんだよ、あの顔面崩壊女……」


 ショウさんは振り払われた自分の手に視線をやると、面白くなかったのかまた舌打ちをした。

 分からないことだらけだが、死にたくはないと思う。しかし、誰かを殺すとしても、俺にその度胸はないと思う。とりあえず、他の人達がどのような怪談なのか知った方がいいだろう。

 全員が怪談としての力が使えるとしたら、俺は他の人達に意味も分からないまま殺される可能性もあるのだ。


「それじゃあ、改めて~、ですげーむ、すたーと!」


 コクリさんは楽しそうに手を叩いた。

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