せんせーに相談だ

うたた寝

第1話

 コーヒー豆を挽いてコーヒーを飲む大人って憧れないだろうか? そんなノリだけで一式揃えてみた彼女だが、使い方がまるで分からない。とりあえず見よう見まねでコーヒーを淹れてみることにする。失敗したら次気を付ければいいのだ。

 挽いたコーヒーを床に撒き散らした時はもうインスタントコーヒー飲んでやろうか、という誘惑に襲われたが、めげずにもう一回挽き直し、ドリップまでたどり着き、それっぽくコーヒーを淹れることができた。香りを楽しむ大人な仕草をした後、一口飲んでみる。

「………………」

 苦かったので牛乳と砂糖をドバドバ入れる。カフェオレより甘いんじゃないか? という色合いになった後に再度口を付ける。口に合ったらしくご満悦の顔をしている。

 散々甘くしたコーヒーに対してお茶菓子を用意し、デスクへと座る。

 お茶菓子を食べて、コーヒーを飲む。

 そんな優雅なひと時が、

「ああっ! イライラするぅっ!!」

 バンッ! と力任せに開けられたドアの開閉音によって破られた。

 開閉音にビクッ! となってデスクに零れたコーヒーをティッシュで拭きながら、

「人の部屋に入ってくるなり何だキミは」

「聞いてくださいよ先生っ!」

「聞きたくないからさっさと帰ってほしいんだが?」

「実はですね」

「聞けよ」

「この前、女の子とデートしたんですよ」

「振られたわけだな。可哀想にな。用は済んだな。さぁ、出てけ」

「話雑に終わらせようとしないでくださいよっ!!」

「話聞きたくないって言ってるでしょうがっ!!」

 これだけ散々聞きたくないと言っているにも関わらず、帰る気配を見せない男。なんて図々しい男だ。帰れと言い合うより、話聞いて用件済ませた方が早いな、と理解した彼女は先を促すことにする。……ふむふむ、聞いた感じ、まとめるとこういうことらしい。

「なるほど。女の子を無理やりホテルに連れ込んで泣かれて警察呼ばれたと、うん、それはキミが悪いな。精一杯誠意を見せて示談にしてもらうよう交渉してみることをおすすめしよう」

「先生、話終わらせたいからって話を聞いた体にして僕を強姦未遂キャラにしないでください。僕の好感度に関わります」

 ちっ、ダメか。お前の好感度なんてあってないようなものだろうに。大体登場シーンでドアバーン! って開ける奴の好感度が高いわけもない。低い好感度がさらに下がるだけなんだからいいじゃないか。

「何だよもうー、聞けばいいんだろうー? 何だよー? 今度は何したんだよー?」

「何で僕が悪い体で話が進んで行くんですか」

「世の中で起きる悪いことの8割はキミのせいだからだよー」

「それもう僕魔王かなんかになってません?」

「なれよ勝手にもうー。勇者と世界の取り分について話合えよー」

「勇者が世界の取り分言い出したらダメでしょうよ」

「勇者だって人間だよー、物欲あるよー、性欲だってあるよー。色々差し出せば揺らぐってー」

「先生は世界をどうしたいんですか……」

「キミの居ない世界を作りたい」

「味気ないですよ? そんな世界」

 コイツのこの自信どっから来るんだよー。めんどくせーよー。

「でね?」

 ちくしょう、コイツ、散々話逸らしてやったのに、一言で本題に戻してきやがった。

「この前マッチングアプリで出会った女の子とデートに行ったんですよ」

「ふーん」

「先生、鼻ほじってないで話聞いてください」

「乙女が鼻をほじっていることをバラすんじゃない」

「乙女が人の会話中に目の前で鼻をほじるんじゃない」

「(ピンッ!)」

「飛ばすなぁっ!?」

 ちっ、外したか。無駄に反射神経のいい奴である。次弾装填しようかと思ったが、どうやら弾切れらしい。コイツの話なんて鼻でもほじっていなければ聞けるもんじゃないのだが、これ以上下手にほじると鼻血に繋がりそうだと判断し、大人しく指を鼻の穴から抜き、抜いた指をティッシュで拭きながら、

「で?」

「人に鼻くそ投げつけておいてよく何事も無かったかのように平然と続きを促せますね……」

「嫌なら帰れ。つーか帰れ。とっとと帰れ。何なら続きを聞こうという姿勢を見せているだけ感謝しろ」

「……で、まぁ午前中はいい感じに楽しく過ごしてたんですけど」

 鼻くそ投げ付けられておいてなお続きを話すのか。よっぽど愚痴りたいのか、鼻くそを投げつけられることに快感でも覚える性癖なのか。

「お昼時になってきて、お腹も空いたので予約しておいたちょっとお高いお店にランチ食べに行ったんですよ」

「うん」

 何かもう何となくオチ見えたな、と彼女が思っていると案の定、

「食事中も楽しく過ごしたんですけど、いざ会計になると財布出そうとしなくて。そしたら何食わぬ顔で、『えっ? 奢りでしょ?』みたいなこと言われて。何か奢ってもらうのが当たり前と思っている姿勢がちょっとカチンと来まして、その場でちょっと揉めまして。結果、」

 やっぱりな。そんなオチだろうと思っ、

「履いてたハイヒールを僕の顔面にぶん投げて怒って帰って行っちゃったんですけど」

「あ、そのオチは予想外だわ。それで目腫れてるのか、キミ」

「呆然としちゃってその時はなす術無く固まっちゃったんですけど、何か後からフツフツとこう怒りが沸いてきてですね」

「なるほど。女性をホテルに連れ込んでワンナイトカーニバルできなかったことを悔やんでいると。確かにヤれなかったとなるとキミにとってその一日はただの無意味な一日と化すものな。気持ちは分かる。分かるぞ。キミの人生にとって女性とヤるということが生きている理由の全てだものな。落ち込む気持ちも悔やむ気持ちも分かるが、ポジティブに考えて、女性に焦らしプレーされているとでも前向きに考えればいいんじゃないか? まだ機会では無いとそっと溜めておけばいいさ」

「先生、僕がヤれなかったという事実を聞いて急に理解者のように優しくなるの止めてください。僕そんな女の子とヤることばっか考えているケダモノじゃないんですよ」

「………………えっ?」

「すんごいビックリした顔しないでください。何ですか? その純真無垢な顔。サンタさんからのプレゼントだと思ってたら、パパからのプレゼントだったと知った女の子みたいな顔してますが」

「脳内メーカーで調べると『H』で埋め尽くされてそうなキミがあまりにもキャラじゃないことを言うのでね。思わず素で驚いてしまったよ」

「懐かしいな……。って、僕そもそも別にヤリモクでマッチングアプリやってるわけじゃないんですよ」

「……本当に? 一片、一切、一ミリもそういう欲望は無いと? 胸に手を当てて鏡に映った自分の姿を見て嘘偽りの感情は無いと誓って言えますか?」

「………………まったくそのことを期待していないとは言いませんが」

「素直でよろしい」

「おほん……。まぁ、それは置いておいて、男が奢るのは当たり前だと考えて、あまつさえ奢られないと怒ってハイヒールぶん投げてくる女性って何か色々間違ってません?」

「ハイヒール云々は明らかに間違っているだろうが、『男が奢るべき』と考えていることが間違っているか、と聞いているなら、そっちは別に間違ってはいないんじゃないか?」

「何ですか? 先生は女性だからやっぱり男が奢るべきの擁護派ですか?」

「勘違いするな。別に女がみんな男に奢られたいわけじゃない。奢られたくない女性も一定数居るぞ。自分の食べた分くらいちゃんと自分で払う人も居るさ。もちろん、奢られれば嬉しいが、奢るのが当たり前とまでは思わないさ。相手のお金だしね。どう使おうが相手の勝手だろうさ」

「あれ? でもさっき間違ってないって」

「その人の価値観では『奢らない男は無し』ってだけなんだから、別に間違ってはいないだろう? 人の価値観に文句を付ける方がよっぽど間違ってるぞ」

「うぐ……っ、そう言われると何か僕が悪者みたいになってますけど……。まぁ、確かに人の価値観……。えー、僕が悪いのー?」

「悪いとまでは言わんが……。そうだな。例えばキミは女性のどこで判断する?」

「顔」

「躊躇いなく言い切ったな……。まぁだがそういうことを言うと、得てして『人を顔だけで判断するなんてサイテー』と言うような人が出てくるわけだ」

「ソイツとは気が合いませんね」

「ふむ。それでいいんじゃないか? キミは女性を顔で判断する。それはキミの中での女性の判断基準なんだから否定されるものでも、文句を言われるものでもないだろうさ。一方で、顔で判断すべきだ、と押し付けるものでもない。そこまで行ったら行き過ぎだ。今回で言うと、男が奢るべき、という価値観を理解できない人にそれを押し付けようとしたわけだから、そういう意味では女性が悪いな。ハイヒール投げたについては言わずもがな問題外だが」

「大事に取ってありますよ、そのハイヒール」

「何で取ってあるんだ?」

「…………フフフ」

「こーわっ。ちょっと怖すぎるからスルーするが。背の高い人が好き、とか、カッコいい人が好き、とか、お金を稼いでる人が好き、とか。そういう風に、人にはそれぞれ好きなタイプがあるわけだ。その中の一つとして、奢る人が好き、とあったとしても、それはその人のタイプなんだから文句言っても仕方ないだろう。キミの、女は顔、という言い分を誰かに否定されたところで、別に納得しないだろう?」

「しないですね。何綺麗事言ってんだ? って感じです。世の中顔。顔です。顔以外ありません。結局は顔なんです。顔以外ありえません。顔さえ良ければ何しても許されるんです。顔さえ良ければ何でも手に入ります。そう。世の中顔。顔顔顔顔顔」

「怖いんだが。過去に何かあったのかキミは? まぁいい。長くなりそうだから聞かん。そう。だから価値観が合わないと思ったらそっと距離を取ればいいんだ。価値観の合わない人間と話してもお互いイライラするだけだぞ? 自分に無い価値観を知れて有意義な時間だったと、思えるのであればいいが、キミを見ているにそういうタイプでもないんだろう? イラつきながらこの部屋に来たくらいだしな。……まぁ、キミの場合、怒りの理由が価値観の相違だけでは無いような気はするが」

「そうですね。必ず居場所を見つけ出してハイヒールを返してあげるついでに髪の毛引っ張って地べたを引きずり回してやろうと心に決めています」

「あ、それでハイヒール取ってあるのか。ハイヒール投げつけられた記念に取ってあるのかと思った。まぁ、女性の方が先に手を出したのだから擁護はしないが。今度からマッチングアプリのプロフィールに『男が奢るのを当たり前と思っている女性はNG』とでも書いておきたまえよ。そのプロフィールを見てなお奢れと言ってきたらそれは女性側に問題がある。まぁ、女性受けがいいかまでは知らんが、『奢られるのが当たり前』と思っている女性相手には別に受けたくないのであれば、ちょうどいいんじゃないか?」

「なるほど。早速変えてみます。……あっ、ついでに先生もやりません?」

「何がついでだ。絶対やらないぞ。マッチングアプリやってる奴なんて8割ヤリモクだ」

「すげー偏見ですね」

「だってキミみたいのがうじゃうじゃ居るんだろう?」

「あ、マッチングアプリへの偏見と言うか僕への偏見か。何度でもめげずに言いますが、僕はヤリモクじゃないですからね?」

「では聞くが、プロフィールにヤリモクNGって書いてある女性と会うかね?」

「プロフィールの顔見て考えます」

「ああ、ブレないのな、そこは」

「ええ、二言はありません。顔第一に考えます。顔のプラスが他のマイナスを凌駕できるのであれば、マイナス面は全部気にしません。仮に怪しい宗教を信仰していようが、重度な中二病患者だろうが、宇宙と交信を始めようが、それこそ、男は財布ってプロフィールに堂々と書かれていようが、顔のプラスの方が大きいのであれば地球の裏側だろうが会いに行きます」

「じゃあ、ランチ代ぐらい奢ってあげれば良かったじゃないか」

「その人のプロフィールにそんなことは書いてなかったですし、財布になってもいい、と思えるレベルまでは達していなかったので」

「……何ていうか、そこまで行くといっそ清々しいな、キミ」

『好みの女性は?』と聞かれると大体みんな日和って性格だ何だって言い出すからな。せいぜい言葉を濁して、笑顔が可愛い人なんて言い方をしたりもするくらいだろう。顔だけで交際相手を決める人も珍しいだろうが、顔を全く度外視するという人も珍しいだろう。顔は大体条件に入っているのだ。言わないだけで。その証拠に、全く同じ条件で容姿だけ違う女性を用意すれば、大概の男性は容姿が好みの女性の方を選ぶだろう。まぁ極端な例ではあるが、容姿を考慮に入れないわけがないという証明ではある。

 そういう意味では言葉を濁したり包み隠したりせずに『顔が大事』と大々的に宣言し、顔さえ良ければ他の欠点は全て目を瞑ると言っているわけだ。あれもこれもと欲深く求めてくるより、ある種寛大とも言えるのかもしれない。

「できました。どうですか、このプロフィール」

「なになに? 『デート時に発生した費用については基本的(※)には自腹でお願いします。※容姿次第ではこちらで負担する場合もありますので必要であればご相談ください』? ……、まーた波紋を生みそうな文言だなぁ」

「既に多数のアカウントからブロックされ、多数のアカウントからDMで攻撃されています」

「みんなも反応早いな。暇なのか? さっき変えたばっかりだろう」

「いいんです。僕はこういうプロフィールでも『私の顔ならどうですか?』って言ってこられるような容姿を持っている女性と付き合いたいんですから。逆に言うと、それ以外の女性に何を言われようが気になりません」

 鋼のメンタルだな、コイツ。まぁ、何か言えばすぐに寄ってたかって批判されるこの現代社会、これくらいのマインドの方が向いているのかもしれないが。

「では先生。僕はこれで。レディが僕を待っていますので」

「ああ、その交際が長く続くことを祈っているよ。そして願わくばそのままここには来ないでくれ」

「また遊びに来ますねー」

「来るな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

せんせーに相談だ うたた寝 @utatanenap

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ