第41話 狼神の目覚めの儀式
城砦を出た神帝国の兵士たちは馬で数日の道程を経てセーカに到着するところだった。兵士たちの体は土埃で汚れ、馬にも疲労が見られたが、整然とした隊列は崩れず遠目にはその移動は壮観な様子だった。兵団の中にはカイルとテラリオの姿もあった。彼らもまた疲れた様子ではあったが、緊張した面持ちで、特にカイルは警戒を緩めることはなかった。
日も傾きかけた頃、セーカに近づくと先に到着していた神帝国の兵士たちが待機している様子が見えた。
北の山を背景に石積みの祭壇が設けられ、かがり火を焚く準備がされている。
その前に並ばされているのはセーカの民だ。
カイルは武器を持った兵士たちの威嚇に怯えるセーカの民を目にすると、怒りをあらわにしてテラリオに言った。
「どういうことだ、テラリオ。セーカの民を安全に保護しているというのはああいうことか」
声を荒げるカイルを周囲の兵士たちが一斉に見た。
「落ち着け、カイル。おまえは俺とともに儀式の執行人ということになっている。取り乱すな」
テラリオは声を落としてカイルをなだめる。
「セーカの民は儀式の生贄になることになっているんだ。今ここで命までは奪われない。今は儀式の準備を整えることだけ考えろ」
だがカイルはとても冷静になどなれなかった。地下から出てきたところを一所に集められた人々の中にアクリラの姿をみつけたからだ。
「アクリラ……」
兵士たちの中から飛び出して、思わずアクリラに駆け寄ろうとしたカイルの腕をつかんでテラリオが引き止める。
「カイル、アクリラを助けたければ俺の言うとおりにしろ。兵士たちさえ北の山に向かわせることができれば、俺たちは神帝国に逃げ込むことができる。その時はアクリラを連れてきてもかまわない」
「だが、それでは他の者は……」
「今さら善人ぶるな。自分にとって大切な者とそうでない者とをおまえはすでに選別しているはずだ」
テラリオの言葉にカイルは返す言葉もない。
「カイル、おまえは前に俺のずるくて汚いところが嫌だと言ったな。だが今のおまえなら俺の気持ちがわかるだろう。大切な者を守るためならどんな卑怯者にもなれる」
カイルは何も言えなかった。
テラリオの言うとおり、アクリラだけでも救いたいと願う自分もまた同じ卑怯者ではないかと思った。
やがて夕闇が濃くなり始めると、かがり火が焚かれ、物資と一緒に運ばれてきた大きな荷物が祭壇の前に放り出された。
荷の一つをくるんでいた布が兵士によってはぎとられ、その中身が顕わになると、狼神の旧信徒たちはどよめいた。
転がり出たのは、両手両足を縛られ、目と口を布でふさがれたヴェルダの
「テラリオ、これは……」
カイルは血相を変えた。
テラリオの顔にも緊張が走る。
テラリオは周りの神帝国の兵士たちの目を気にしながら、
「いいか、よく聞け。これより狼神の目覚めの儀式を執り行う。かつてプレーナに封印された狼神は、今、プレーナの子であるヴェルダの御使いを捧げることで完全に目を覚ます。そのための祈りをおまえたちに捧げてもらう」
儀式の形を整えることが先だと思ったテラリオは、あえてセーカの民を生贄にするとは口にしなかった。
「テラリオ、どういうことだ?」
「おまえ、ここで一体何やってるんだよ!」
狼神の旧信徒たちの中からハリルとクライロが飛び出してきて言った。
他にもかつてテラリオの下で神帝国に自由を求めようとした若者たちの姿もある。
テラリオは口の片端をつりあげて、彼らにもっともらしく状況を説明した。
「俺は狼神復活に最後の奇跡をかけるんだ。プレーナが滅びた今、神帝に対抗できるのは狼神だけだ。そのための目覚めの儀式だ。おまえたちも協力しろ」
「何だよ、それ」
「わけわかんねぇよ」
「大体どうしておまえは神帝国の奴らと一緒にいるんだ」
「おまえはどっちの味方だ」
若者たちは混乱した様子でテラリオにつめ寄る。
テラリオは若者たちを軽くあしらう。
「俺はどっちの味方でもない。目覚めた狼神が神帝国の脅威となるならセーカにつくし、そうじゃなければ神帝国につくまでさ。だがおまえたちには選択の余地はないはずだ。狼神の力にすがる以外におまえたちが助かる道はない。儀式をやるもやらないもおまえたち次第だ。さあ、どうする?」
若者たちは顔を見合わせる。誰もが不安と恐怖に脅えていた。
「だが、こんなこと……ミカイロ様が……」
若者の一人が口走る言葉にテラリオはにやりと笑う。
「ミカイロは死んだ。復活の儀式に我が身を捧げて狼神を甦らせたんだ。復活させた狼神の力を得られるかどうかはおまえたち次第だ。さあ、どうする?」
ミカイロが死んだという事実は狼神復活の信憑性を高めた。
ミカイロの支配を解かれた信徒たちは改めて身の処し方を模索するが、考えるほどに追い込まれ、テラリオが言うように選択の余地がないことを思い知らされるのだった。
「わかった……。わずかな希望がそこにあるなら、おまえのいうとおり狼神の目覚めの儀式とやらに協力しよう」
クライロがテラリオに言った。
カイルは硬く目を閉じ、苦悶の表情で顔を背けた。
テラリオは追いつめられた者たちを平気でだまそうとしている。狼神が現れるはずもないし、偽の儀式で犠牲になるのはヴェルダの御使いだけではない。
だが、そのことを知りながらも何も言わない自分も同罪だとカイルは思った。
「何をしている! 近づくな!」
その声にカイルはハッとして目を開けた。
ヴェルダの御使いに近づこうとしたアクリラが兵士の一人に突き飛ばされた。
「アクリラ!」
カイルはアクリラに駆け寄った。
「カイル……」
アクリラはカイルを見て涙をうかべた。
「無事でよかった……」
そうつぶやくアクリラをカイルは強く抱きしめた。
先ほどまでの自責の念はカイルの中から消えていた。アクリラを守るためなら何でもするとカイルは決意を固めた。
「カイル、ヴェルダの御使いの縄をほどいてあげて。あんな姿は見たくない」
カイルはうなずき、ヴェルダの御使いの目と口をおおう布をはずした。
「貴様! 何をする!」
咎める兵士をカイルは鋭くにらみつける。
「手を出すな。儀式はすでに始まっている。ヴェルダの御使いの扱いはこちらに任せてもらう」
カイルは腹を決めていた。
偽の儀式を遂行し、兵士たちを北に追いやり、その間にアクリラを連れて神帝国に逃げ込もうと。
口を塞いでいた布をはずされたヴェルダの
「ヒラク……」
その言葉に反応したのはそばに近づいてきたシルキルだった。
「カイル、ヒラクはどこにいるの?」
「シルキル……」
カイルが見たシルキルは、今まで見たこともないほど鬼気迫るような表情だった。
「ヒラクはこのことを知っているの?」
「ヒラクは……何も知らない」
「あいつなら今頃ユピと一緒に神帝国に向かっている」
テラリオが二人の間に割って入った。
その言葉にヴェルダの御使いは敏感に反応した。
セーカの言語ではあるが、「ヒラク」という名前に続き、「ユピ」という名前がはっきりと聞き取れたからだ。
「……いけない、ヒラク……ユピと一緒にいては……危険……」
息も絶え絶えに言葉を漏らすヴェルダの御使いに突然テラリオがつかみかかった。
「おまえ、何を知っている!」
「何やってるんだ! テラリオ、放せ!」
カイルはテラリオを押さえつけた。
だがテラリオの顔には明らかに恐怖の色がある。
「テラリオ、おまえこそ何を知っているんだ?」
「うるさい! いいから早く儀式を始めるんだ! あの方の言うとおりにするんだ!」
テラリオは血走った目でカイルをにらんだ。
シルキルはそんなテラリオを不快そうに見て言う。
「何のための儀式? ねえ、ぼくがだまされると思う? 目覚めの儀式なんてそんなものはない」
シルキルの言葉にテラリオは顔をひきつらせる。
狼神の旧信徒の若者たちは一斉にテラリオを見た。
「何だと? テラリオ、また俺たちをだますつもりか?」
「そうだな、おまえはそういう奴だったよな」
「言えよ、おまえ、本当は俺たちをどうするつもりなんだ?」
テラリオにつめ寄る若者たちに他の狼神の旧信徒たちも加わり、その場が騒然としはじめた。
包囲している神帝国の兵士たちの間に緊張が走る。何人かがそっと剣の柄に手をかけていた。
それにまっさきに気づいたカイルがセーカの民に呼びかけた。
「俺たちは今ここで儀式を執り行うしかない! この場で神帝国の兵士たちに殺されたくなければ俺の指示に従え」
「そんなこと言っておまえもテラリオとぐるなんだろう? 俺たちをだまそうとしているんだ」
若者の一人がカイルに言った。
「カイルはそんな奴じゃない」
「テラリオとはちがうぞ!」
セミルとジライオがカイルをかばった。
カイルはうしろめたそうに目をそらす。
「それで? 君はどうする気?」
シルキルは見透かすような目でカイルを見て尋ねた。
カイルはためらいがちに切り出した。
「……ヴェルダの御使いを生贄にして儀式を行う。北の山に向かって狼神への祈りを捧げるんだ」
「何のために?」
シルキルはカイルをじっと見る。
カイルはためらいを振り切るようにシルキルの目を見据えて言う。
「生き延びる可能性があるからだ。信じてほしい。俺はおまえたちを今この場で死なせたくはない」
その言葉に嘘はなかった。形だけの儀式の合間に兵士たちを北の山に向かわせることができれば逃げ出す好機を得る可能性もある。それに賭けるしかないだろうとカイルは思った。すべての命を救う力は自分にはないのだと、カイルは自分に言い聞かせた。
シルキルはカイルの顔をじっと見た。そしてカイルの目に嘘はないということを見抜いた。それでも儀式自体がその場しのぎの嘘であることは間違いない。
「……わかった。それで? 北の山に向かってどう祈れというの?」
シルキルは子どもの遊びにつきあうかのような態度だ。
どこかいつもとは様子のちがうシルキルにカイルは戸惑ったが、それでも協力が得られたことにほっとした。
「……とりあえず生贄であるヴェルダの御使いに捧げるプレーナ教徒の祈りでごかまかそう」
「ふうん」
シルキルはカイルの無計画さをあざ笑うように挑発的な目で見る。
「じゃあ狼神の旧信徒たちに祈り方を思い出させなきゃね」
その言葉でカイルは初めて地上に出てきたセーカの民のほとんどが狼神の旧信徒であるということに気がついた。
「そういえば、プレーナ教徒の姿がないな。どこにいる?」
「中だよ。ぼくの両親も一緒だ」
「中? 地下にいるのか?」
「生き残ったプレーナ教徒たちは、地上に出ることも、狼神の旧信徒たちの前に出ることも怖れている。実際、狼神の旧信徒たちの中にはプレーナ教徒たちへの報復を考えている者もいるしね。それに出て来たところで、ほとんどのプレーナ教徒たちは地上では生きていけないだろう。狼神の旧信徒たちとちがってそれだけの体力もなければ、光にも弱い体質だからね」
シルキルの言葉でカイルは心配そうにアクリラを見た。
目を瞬かせながら視力の具合を気にしていたアクリラは、辺りが暗くなったことにどこかほっとした様子だった。
プレーナ教徒で地上に出て来たのは、アクリラと一部の子どもたち、それにセミルやジライオなど「罪深き信仰者」の若者たちだけだけだった。
「狼神の旧信徒たちで残った者は?」
カイルはシルキルに尋ねた。
「父さんと母さん以外はいない。逃げ遅れれば死ぬっていう集団心理で、狼神の旧信徒たちには一人残らず外に出てくるように仕向けたからね。すべて父さんがしたことだ」
努めて冷静に振舞おうと淡々と語るシルキルだったが、その表情はどこかつらそうに見えて、カイルは聞きづらそうに尋ねる。
「……それで、なぜおまえの親まで一緒地下に残っているんだ」
「父さんは、これまで集めた過去の貴重な文献を神帝国の人間に渡したくはないと言って、特に大事なものだけ持ち出して最下層に近いプレーナ教徒の居住区を封鎖して立てこもることにしたんだ。狼神の旧信徒たちの居住区から食糧を運び出して母さんもそれについていった。ぼくも一緒に残るはずだった。だけど、文献を託す人間が必要だからって……父さんが……」
シルキルは声をつまらせて、つらそうに目を伏せた。
カイルは、いつもはおとなしいシルキルが攻撃的な態度をとるわけがやっとわかった。
そんなことは気にも留めないテラリオは、舌打ちしてカイルに言う。
「たてこもった連中をあぶりだすか? 神帝国の奴らに一部の民をかくまっていると誤解されたら厄介だ」
「地下の人々をこの場に引きずり出すというのなら、今ここで神帝国の言語で儀式が茶番であることを騒ぎ立てるよ」
シルキルの目は真剣だ。
テラリオはさらに苛立ちを募らせる。
にらみ合う二人の間にカイルが割って入る。
「テラリオ、狼神への祈りを捧げるのは狼神の旧信徒たちだけで十分だろう。とにかくこの場を収めるんだ」
そう言って、カイルは周囲を見渡した。
狼神への儀式を疑う狼神の旧信徒たちの間に不安と緊張が走り全体がざわついている。
それをとりまく神帝国の兵士たちの間にも不穏な空気が流れていた。
焦燥感に駆られたテラリオは、ヴェルダの御使いを乱暴に引きずり、北の山を背にして狼神の旧信徒たちの前に立った。
「助かりたければ言うとおりにしろ! おまえたちもこうなりたいか!」
テラリオは懐中のナイフを取り出して振り上げた。
「テラリオ! 何する気?」
アクリラは悲鳴に近い声を上げる。
「狼神に血肉を捧げる儀式だ。さあ、どうする? 一人を犠牲にして儀式を行うか、それとも自ら犠牲となるか? 祈りを捧げる側に回るか、いけにえとなる側に回るかどっちだ!」
テラリオの言葉に狼神の旧信徒たちは騒然となる。
その中で、シルキルが自ら祭壇の前に進み出て、ヴェルダの御使いの前でひざをつき、北の山に向かってプレーナへの祈りの動作を始めた。
狼神の旧信徒の若者たちも一人また二人とシルキルの動きを真似はじめた。付け焼刃のぎこちない動きで、プレーナ教徒の分配交換の儀式とはちがい、いかにもお粗末なものだったが、神帝国の兵士たちは特に気にするふうもない。大事なのはそれが儀式であると思い込ませて押し通すことだ。
やがてその場に立っている者は誰一人としていなくなった。不揃いながらも集団で同じ動きをしているだけでも、何とかそれは儀式の形を保っていた。
アクリラもカイルに座らされた。だがプレーナ教徒である彼女は祈りを捧げる身振りをすることはできなかった。彼女にとってそれはただの見よう見まねの動作とはちがう。抵抗を感じる心にプレーナへの根深い信仰心がある。
それでもカイルはアクリラの頭を強引に下げさせ祈りを演じさせた。それはカイルにとっても耐え難いことだった。自分が守ろうとしてきたものを自ら踏みにじっているような気がした。
何とか形を持った儀式を神帝国の兵士たちは神妙な面持ちで眺めながら北の山の向こうをにらみつけている。まだ始まりの段階で、狼神がやってくることを疑う者はいなかった。
しかし時間は虚しく過ぎていく。
夜もすっかり更けていき、祈り続ける狼神の旧信徒たちにも疲労が色濃く出ていた。いつまでこんなことを続けるのかという不安が全体に広がる。
狼神の旧信徒たちは猜疑心を抱いた目でテラリオを見て、そのうち一人、また一人と祈りの動作をやめていく。
狼神討伐の兵士たちをまとめる連隊長がテラリオにつめ寄る。
「どうした? 儀式はこれで終いか?」
「いえ、まだこれからです。ただ……」
テラリオは口角をあげて意味ありげな目で連隊長を見る。
「聞こえませんか? 狼神の声が? それでこの場にいる者たちが心を動揺させているのです。近づく気配があるのです」
「狼神はここに姿を現すつもりか?」
連隊長の言葉に兵士たちの間に緊張が走る。
「確かめてみたらどうです? 生贄の血肉を得る前の狼神ならば目覚めたばかりの衰えもあるでしょう。それともここまで引き寄せますか? 完全復活を果した狼神の力をその目で見たいというのなら」
テラリオは含み笑いした。
連隊長は考えた。目的は狼神を滅ぼすことにある。確実にしとめることを考えるべきだ。彼は軍帥が下した命令を神帝のものと信じている。儀式が自分たちを遠ざけるために仕組まれたものとは知らず、神帝を脅かす存在が神帝国に近づこうとしていることも気づかない。
夜通しの祈りは続き、やがて空が白みはじめた。セーカの民たちは見張りの兵士たちの視線にムチ打たれ、祈りの動作を繰り返す。
「儀式は続けろ。おまえたちはあくまで狼神をおびきよせるための餌だ」
連隊長はセーカの民に向かって叫ぶと、隊列を組む兵士たちを指揮して岩山に向かった。
シルキルはカイルに視線を送る。
「今はまだ儀式を続けるんだ」
カイルはシルキルに言った。
兵団が北の山に向かっていくのを見届ければ、逃げ出すチャンスもある。カイルのその考えはシルキルにもすぐ伝わった。
シルキルはカイルを見てうなずくと、ヴェルダの御使いの前で再び祈りの動作を繰り返そうとした。
だがヴェルダの御使いの様子がおかしい。
手足を拘束されたままの状態でもがきながらその場から離れようとしている。
「儀式を続けろ! 生贄を押さえろ!」
テラリオはそう叫びながら自らヴェルダの御使いに駆け寄り、押さえ込もうとした。
「やめてっ」
アクリラがテラリオを突き飛ばした。
そしてヴェルダの御使いの手足の縄をほどこうとした。
「何するんだ!」
テラリオはアクリラの長い髪をひきつかんだ。そしてそのままアクリラを地面に払いのけ胸元をつかみあげた。
「いつもいつもそうやって、おまえは俺の邪魔をする。俺とカイルの自由がかかっているんだ。今ここで儀式を中断させてたまるか! 邪魔をするなら消えろ。おまえさえいなければ……!」
テラリオはアクリラの胸ぐらをつかんだまま激しく揺さぶった。
「テラリオ!」
カイルはテラリオを殴り飛ばした。
「こんなときまでおまえはこの女をかばうのか」
テラリオはカイルにつかみかかった。
二人は激しくもみあった。
その間、狼神の旧信徒たちにも動きが出た。
「兵士たちが遠ざかっていく。今のうちだ」
「こんなくだらない儀式やってられるか」
「みんな逃げるぞ」
狼神の旧信徒たちは一斉に逃げ出そうとした。
包囲していた神帝国の兵士たちはそれを押さえ込もうとする。
だが今はもう兵士たちの数はその場にいるセーカの民と変わらない。
狼神の旧信徒たちと兵士たちは激しくもみあった。
この事態に気づいたテラリオとカイルもなんとかその場を鎮めようと兵士と民の間に入っていった。
アクリラはテラリオが落としていったナイフを拾い、それを使ってヴェルダの
「どうか助けてください。どうか、どうか……。私には信じることしかできないの。あなたに救いを求めることしかできないの!」
アクリラの声はヴェルダの御使いの耳には届かない。
ヴェルダの御使いはゆっくり立ち上がると、よろめきながら北の山に向かって歩き始めた。
「お待ちください。どこに行くおつもりですか」
アクリラはヴェルダの御使いを引きとめようとする。
ヴェルダの御使いはアクリラに手をつかまれただけでその場に崩れ落ちた。
それでもはうように、北の山越えに向かった兵士たちの後を追おうとする。
「カイル……カイル!」
自分では止められないと思ったアクリラは、カイルの名前を必死に呼んだ。
カイルはアクリラの方を見た。
ふらふらとよろめきながらヴェルダの御使いがその場から離れようとしている。
ヴェルダの御使いは北の岩山をみつめながら、ぶつぶつと何かつぶやいていた。
「止めなければ……あの人が……あの山の向こうにはあの人が!」
一人の兵士がヴェルダの御使いに弓先を向けていた。カイルはそれに気づき止めようとした。
「よせ、やめろ!」
だがヴェルダの御使いを狙っていたのは一人ではなかった。
「みせしめだ」
その声を合図に数本の矢が一斉にヴェルダの御使いに向かって放たれた。
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