第39話 真の神
カイルは兵舎の一室にいた。
ただ床に寝るためだけに用意された何もない簡素な部屋だ。
そこで休むようテラリオに言われたが、カイルはまんじりともせず外の気配をうかがっていた。
やがて夜も更けた頃、テラリオが忍び込んできた。
「兵士たちが出立に向けてしばしの休息に入った。見張り交代の今ならだいじょうぶだ」
「そうか、それならまず状況を説明しろ。包み隠さず言え。おまえは一体ここで何をやっている?」
カイルはテラリオに厳しく詰問する。
テラリオは部屋の外の様子を再度確認してからカイルに向き直った。その顔は緊張と恐怖で硬直している。
「俺の生死はある方の掌中にある。安全な状況とは言えないが、それでも今の俺はそこに何とか生きる活路を見つけつつある」
「ある方って誰のことだよ。神帝か?」
「……いやちがう。だが今はその方のことは聞かないでくれ。それ以外のことはすべて話す」
テラリオは表情を暗くした。
恐怖に錯乱したテラリオの様子をカイルはその目で見てよく知っている。テラリオをそこまでの恐怖に陥れた存在が誰であるのかはカイルにはわからないが、今テラリオが何とか正気を保っていられるのは、生きる活路を見つけたことで死の恐怖から免れたということなのだろうとカイルは思った。
「……それで、おまえは何をしようとしているんだ?」
「正確に言うと俺ではない。あの方が神帝に成り代わろうとしているんだ。それを望む者たちが神帝国の中にいる。おまえがさっき会った軍帥の一派だ。おまえたちをここに連れてきたのは軍帥直属の隊だ。それ以外の兵士は何も知らず、すべて反神帝派の駒にすぎない」
「どういうことだよ」
「神帝国からセーカに向けて続々と兵士たちが出ている。この城にいる兵士たちは最後の後続隊だ。彼らは神帝の命により北の山の狼神を滅ぼそうとしている」
「狼神を滅ぼす? そんなことは不可能だ。大体狼神そのものが存在しない。狼神復活の儀式自体そもそもでっちあげだ」
カイルはセルシオの話を思い出して言った。
「狼神復活の儀式で狼神が復活しないことぐらい、俺だってもうとっくにわかっているさ……」
テラリオは血肉を捧げた使徒の末路を思い出し、吐き気を堪えるかのように顔をしかめた。
「とにかく、狼神がいるかどうかはどうでもいい。神帝国の兵士の大多数をおびき寄せる餌になってくれればいいんだ」
「どういう意味だよ」
「真の目的は、神帝に成り代わる存在を神帝国に入り込ませることだ。プレーナと狼神に気を取られている神帝をだしぬこうとしているんだ。軍帥は狼神討伐に乗じてあの方を神帝に近づけるために兵士たちを神帝国から遠ざけようとしているのさ」
「セーカの民は神帝国の内紛に巻き込まれているだけだというのか」
カイルの顔に怒りがにじむ。
「北の山の狼神をおびきよせるためにセーカの民を捧げる儀式が必要だと言ったのは俺だ」
「どういうことだ、テラリオ」
「理由はいくつかある。一つは兵士たちを神帝国から遠ざける時間稼ぎだ。でっちあげの儀式を行ったところで当然狼神をおびきよせることなどできない。そうなれば彼らは北の山へ向かう。その間も偽の儀式は続行される。その間セーカの民は無事だ。兵士たちが北の山に向かった隙に俺はおまえを迎えにいくはずだった。今度こそ一緒に新しい世界で生きるために」
テラリオは、カイルと一緒に地上で生きる夢を実現することをあきらめてはいなかった。そのわずかな希望が彼に恐怖に打ち勝つ力を与えたのだ。
「じゃあ、おまえは俺のために、その計画に加担したというのか……」
「ああ、だが俺はこの計画を利用することを許されたにすぎない。そもそもこの計画はセーカの中に緑の髪の者がいないかを確かめるためのものだった」
「どういうことだ」
「無傷で緑の髪の者を捕らえてここに連れてくることが目的だったということさ」
「何のために?」
「今は詳しくは言えない。だがあの方が命じたことだ」
「なぜセーカに緑の髪の者がいると思ったんだ? ヒラクとヴェルダの御使いがやってきたのはたまたまだ。プレーナが滅びて大地が戻った直後のことだぞ」
「プレーナが滅びれば、セーカにヒラクが戻ってくるとユピは言った」
「ユピ?」
突然出た名前にカイルは戸惑う。
「あいつが何か関係しているのか? 大体おまえがユピを連れてセーカを出たのはなぜだ?」
カイルはテラリオが神帝国と共謀するためにユピが必要だったのだと思っている。だが神帝国人だというだけでユピにどのような利用価値があるかはカイルにはわからない。
「あの方が神帝と成り代わるためにはユピの存在が必要なんだ。今はそれしか言えない」
テラリオは脅えたように目を伏せる。何か隠しているのはカイルの目にも明らかだ。
「いいかげんにしろよ。あの方ってのは一体何なんだ。おまえをそこまで追いつめるのは誰なんだ?」
カイルの問いにテラリオは、答えたくても答えられないといった様子で、口を開きかけては結びなおし、声を発することすらためらっている。
それでもカイルはテラリオの口から出る言葉を待ち続ける。
どんな小さな反応も決して見過ごすまいとするカイルの容赦ないまなざしに、テラリオはなかば観念したように答える。
「……真の神だ」
テラリオは暗い目を向けて、震える言葉を吐き出した。
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