第36話 プレーナ教徒の死の真相
黒装束の民と呼ばれた遊牧民たちは、セーカに到着した早々、新帝国の兵団に襲荒れ、一人残らず殺されてしまった。
生かされたのは「緑の髪の者」、つまりヴェルダの御使いとヒラクだけだった。
地下のセーカの民を地上に出せという神帝国側の要求を伝えるために、シルキルとアクリラは地下に戻った。カイルは戻ることを許されなかった。
そして、セーカの見張り場周辺は神帝国の野営地となった。
ヒラクとヴェルダの御使いとカイルはすぐ近くの奇岩の一つに押し込められ、入り口には見張り兵が立った。
やがて神帝国の後続の兵士たちが続々と到着する中、セーカの民が地下から地上に姿を現し始めた。
岩屋の窓の隙間から外の様子を見ていたヒラクが言う。
「カイル、あれは
ヒラクはすぐに気がついた。
セーカのプレーナ教徒はたっぷりとした白い衣服の上から腕と足の部分を緑の紐で巻きつけた姿をしている。だが歩いてくる者たちの中に緑の紐を体に巻きつけている者はいない。
「プレーナ教徒たちは自分たちの代わりに狼神の旧信徒たちを地上に追いやったの?」
ヒラクは地下ではいまだにプレーナ教徒の支配が続いていると思っていた。
「今のプレーナ教徒たちにそんな力はない。数の上でも狼神の旧信徒が勝る。わずかに残ったプレーナ教徒たちは自分たちの居住区でひっそり暮らしている。しかしこんな状況だ。狼神の旧信徒たちに続いてそのうち地下から出てくるさ」
カイルは苛立ちとあきらめの入り混じる思いでため息をついた。
「プレーナ教徒たちがわずかしかいないってどういうこと?」
地下の現状を把握できていないヒラクは、まるでわからないといった顔でカイルに聞き返した。
「あの砂嵐の夜、多くのプレーナ教徒たちが謎の死を遂げた。原因はわからない」
カイルはその目で見たことを淡々と口にした。何度も人に説明するうちに、事件の衝撃も薄れ、頭の中で冷静に処理されるようになっていた。
「砂嵐の夜……、分配交換の日ね」
ヴェルダの御使いは表情を硬くした。
「原因がわからないってどういうこと?」
ヒラクはカイルに詰め寄る。
「どこにも外傷はないんだ。死んだのはほとんど祈りを捧げていた者たち、それから病人もだ。みんな、幸福そうな顔で死んでいた……。もしかしたら、彼らはプレーナを見たのかもしれない」
「祈りを捧げる者……病人……幸福そうな顔で……」
ヒラクは確かに自分の目でそれを見たと思った。
「彼らはプレーナに会った……それは……おれのこと……?」
ヒラクは動揺し、声を震わせた。
「ヒラク、どうしたの?」
ヴェルダの御使いはヒラクの肩に手をかけた。
「おれ、プレーナだった。あのとき、おれは、キルリナと一緒にプレーナとしてセーカに入り込んだ……。おれが、プレーナ教徒たちを殺した……?」
「おい、一体何を言っている? どういうことだ」
カイルは問いただすが、ヴェルダの御使いはヒラクをかばうように抱きしめて、それ以上はしゃべらせなかった。
「だいじょうぶよ、ヒラク。落ち着いて。あなたじゃないわ。あなたは何もしていない。あなたはプレーナじゃない」
「じゃあ、おれは一体何? 言ったよね? おれは、おれたちは、プレーナと同じものだと。プレーナはあらゆるところにいると。じゃあまたおれがおれじゃなくなって、おれの意志を離れた何かになることもあるってこと? おれは一体何者なんだ!」
ヒラクはヴェルダの御使いの胸の中で声を張り上げた。言い知れぬ不安と恐怖がそこにはあった。ヴェルダの御使いはヒラクを強く抱きしめた。
「おい、静かに……」
見張りの兵士が岩屋の中を覗きこみ、ヒラクをどなりつけようとしたが、急に顔を引っ込めて、入り口の前で直立不動になった。
やがて入り口の外で話し声がしたかと思うと、見張り兵たちが中に入ってきて、ヒラクたちを外に引っ張り出した。
岩屋の外には先発隊の隊長が立っていた。
「何かあったのか?」
隊長はヒラクを見て言った。
ヒラクは青ざめた顔を背ける。
「まあいい。出立だ」
「待てよ、セーカの民をどうするつもりだ」
尋ねるカイルを隊長は虫けらでも見るような目で見た。
「おまえにはもう用はない。殺せ」
隊長は見張りの兵たちに命じた。
「やめろ!」
ヒラクは叫んだ。
「そいつをやるならおれをやれ。もう誰も目の前で死なせたくない」
ヒラクはぼろぼろと涙をこぼす。
隊長は困ったように左右に広げた手のひらを上向けて首を傾けてみせた。
「おまえを死なせるわけにはいかない。緑の髪の者を連れて来いとの上からの命令でね」
聞き分けのない子どもを相手にするようなその身振りにカッとなってヒラクは言う。
「じゃあカイルも一緒に連れて行け。そうじゃなきゃおれもここから動かない」
隊長はうんざりした目でヒラクを見ると、めんどくさそうに片手を振って見張りの兵士に指示を出した。
「……三人とも連れて行け。引き返すぞ」
見張りの兵たちは両側から三人を挟み込み、ヒラクたちを歩かせた。
ヒラクは、神帝の前にさらされるときが自分の最期の時だろうと覚悟していた。
しかし、事態はヒラクが想像もしなかった展開を迎えようとしていた。
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