274. 急ぎ!
右手の書類は承認、左手は差戻し、右手も左手も承認、右手は……、うぬぬぬ……!
「ワシは国王陛下なのだが? 少しばかり酷使され過ぎではないか? 右手と左手で別々に文字が書けたとしても、書類は片方ずつしか読めぬのだが?」
「無駄口を叩いている暇はありませんよ、アナタ。アーランドもティレスも別室で執務中です。
顔を上げた妻が呆れ顔で言う。しかしだな……。
「その
「人には向き不向きがあるのです。執務中のクレストを想像できますか?」
「むぅ……」
確かに書類仕事をしているクレストなど想像はできんが、しかしだな。
「おいたわしや、王よ。……この書類もお願いします」
「宰相、労しいと言うその口で仕事を増やすでない」
――バーンッ!
突然勢いよく執務室の扉を開け放ちティレスが入ってきおった。
「大変です父上!母上!」
「これティレス。ノックをしなさい」
「はい、すみません。しかし大変なのです!」
「……何事だ?」
現状でも大変なのだが、頼むからこれ以上厄介事を増やさんでくれよ。
「妖精様が、急ぎ南の防衛を固めろとおっしゃられております! 非常に慌てておられる様子で……あっ」
「急ぎ! 急ぎ! 南! 防衛!」
ティレスに続いて入ってこられた妖精殿が部屋中を飛び回られる。妖精殿がこれ程の焦りを見せたのは初めてではないか? とても不吉な予感がする。
「南の防衛ですか。しかし騎士団の一部と魔術師団のほとんどは逆流の災害復旧のため北へ派遣中ですよ」
宰相が思案顔となる。ティレスは不安そうに成り行きを見守っている。平然とした妻の胆力はどこから来ておるのだろう。ワシの顔は渋面だ。
「今王都に残っている騎士は王都防衛の任がある。余剰人員は木の運搬のため西へ派遣予定だった。今から南の防衛となると……、まずは南の辺境伯軍、それで足りぬ場合は冒険者を集めるか?」
「ダメ! 冒険者ダメ! 騎士集める。総力戦!」
「総力戦!?」
「妖精様、いったい何が起こると言うのです?」
「防衛! 総力戦!」
「では妖精殿、西の森の木はどうされるのだ?」
「……木は、冒険者で」
「ふむ」
「アナタ、ご決断を」
妻とティレスが真剣な目で見つめてくる。
妖精殿が総力をあげての防衛が必要と言うのだ。間違いないだろう。急げと言うからには急ぐ必要がある。悩んでおる暇などない。
「……宰相、北の騎士団と魔術師団を呼び戻せ。そしてそのまま南へ向かわせろ。同時に南の辺境伯軍も集めさせろ。急げ。それから冒険者ギルドに西の木の回収依頼だ」
「ハ、ハッ!」
「勇者と、……聖女も!」
「クレストとエフィリスにも遠征の準備を」
「ハッ!」
冒険者ではなく騎士で防衛と言うことは、相手は魔物や賊ではなく国ということになる。まさか南のカティヌールが攻めてくるのか? もしくは神域の民らが? どちらにしても厄介だ。
「急ぎ! 急ぎ! 南! 防衛!」
執務室には妖精殿の声がいつまでも響くのだった。
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