267. 尋問

「やぁ、ティレス。大変な目にあったようだね。大丈夫だったかい?」

 マントをなびかせてお兄様が近付いてくる。


「はい。こちらの損害は特にありません。しかし8人居た賊のうち7人しか確保できませんでした」


「損害がないのは良かった。1人確保できなかったのはしょうがないよ。妖精様が対応されての結果だ。最善だったに違いない。そうそう、訪問をキャンセルした貴族家への詫び状や、守ってくれた護衛への褒美はティレスが手配するんだよ」


「はい。ところで……」


 お兄様の斜め後ろにはエフィリス様姉様ではなく、カティヌールの姫が居る。どうして彼女が居るのだろう? 確か離宮へ隔離していた筈では。


「ああ。ニナグレース殿を連れてきたのはね、ちょっと困ったことに、彼女が言うには今回捕らえた賊は南方諸国で神聖視されている神域の民という方々かもしれないんだ。これから地下牢へ確認に行くのだけど、ティレスも来るかい?」


「本当ですか? 私もお供します」


 あの襲撃者達が神聖な方々だった? とてもそのようには見えなかったのだけど。大きな剣や槌で暴れまわる姿は狂戦士にしか見えなかった。カティヌールは去年王国を見捨てた国だ。信用などできない。私も確認しなければ。

 私とニーシェはお兄様の後に付いていく。



「それにしても、観光客に被害が出なかったのは本当に助かったよ」

 地下牢へ向かう道すがら、お兄様がそう切り出した。マントがバサバサとなびくため少し距離を置いて歩く必要があり、バサバサという音も相まって会話がし辛い。


「数年発生していなかった"双子神"様による逆流が去年復活したため、それを観に集まった観光客と、妖精様の噂を聞きつけて集まった者達で今年は非常に多くの人が王都に訪れていると聞きました。妖精様の機転がなければ民に被害が出ていたかもしれません」


「そうだね。ドラゴンの動きがぎこちなかったのも良かった。そのおかげで楽に情報操作できたからね」


 襲撃者達が河に落ちた後、援軍に駆けつけた兵は観衆にドラゴンは王国が用意した余興なのだと噂を撒いたらしい。そして援軍と合流した私達はそのまま王城まで凱旋パレードを行った。ドラゴンも現在は王城ホールに戻されている。

 それに、妖精様が癒しの光を振りまいてくださったため、妖精様の癒しを求めて集まっていた者達も健康になったと聞く。本当に妖精様はどのような問題でも全てを丸く解決してくださるのだ。


「それで、その妖精様はどちらに?」

 カティヌールの姫が質問してくる。


「今は別行動です。妖精様もお忙しいお方ですから」

 王城に戻るまでは妖精様もご一緒されていたのだが、帰還後すぐにお姿が見えなくなったのだ。おそらく今後起こり得る様々な問題の対処に動かれておられるのだろう。まさか遊びまわっておられる筈がない。


「それはそうと、今回の賊が神域の民だという話は本当なのですか?」


「ええ。この目で確認するまで断言はできませんが、おそらく間違いありませんわ。背丈が低くムニムニという言葉、そして異様に強い。わたくしもお会いしたことはございませんが、知る限りそのような特徴を持つ方々は神域の民以外居られません」


「何故あなたがそのようなことを知っているのです?」


「神域の民は魔王の封印を守っている神聖な存在でしてよ。そして、広く国交を持つカティヌールの王族は神域の民の言葉をも学ぶ必要があるのですわ」


「魔王の封印ですって!?」


「ティレス、一旦落ち着いて。まずは本当に神域の民か確認する必要がある。そして何故ティレス、もしくは妖精様を襲ったのかを確認しないとね。魔王の話はそれからだ」


「……はい」



 地下牢に着くと、通常の牢屋番の他に妖精剣の冒険者も配置されていた。例の賊に対抗できるのはこの冒険者だけなのだから、そのまま牢屋番も任されているのだろう。そしてその奥に、捕らえられた小さな中年男性達がうずくまっている。


「どうだい、ニナグレース殿。彼らは神域の民だろうか?」

「しばしお時間をくださいませ。会話を試みてみますわ」


 そう言って彼女はムニムニと喋り始めた。

 信用ならない国の者に信用ならない相手の通訳を任せてしまっても良いのだろうか。彼女しか彼らの言葉が分からないとは言え、勝手に知らない内容を会話され我々に嘘を伝えてくる可能性は否めない。それどころか彼女が我々にも彼らにも双方へ嘘を言う可能性すらある。


「……神域の民で間違いありませんわ。即刻彼らを牢から出してくださいまし」

 しばらくムニムニと会話していたカティヌールの姫がそう言ってきた。


「それはまだできない。何故我々を襲った?」


「……訊いてみます。しかし、神域の民を不当に拘束していたなどと南方諸国に知られてしまえば、ファルシアン王国の立場は危うくなりますわよ」


「先にこの国の王族が襲われたのだ。そこは揺るぎない事実。そこを解決しないまま解放などあり得ぬと、君も王族なら分かるだろう?」


「……そうですわね」


 そうしてしばらくカティヌールの姫を通訳とした尋問が続いた。

 分かったことは、彼らが神域の民という魔王の封印を守る者達だと言うこと。魔王の封印が綻び、その解決策を求めて北上してきたこと。

 魔王の封印が綻びたのは神域内のドラゴンが外に召喚された際に封印に強い干渉があったため。封印には聖樹が関わっており、彼らが北上してきたのは聖樹からの啓示で、さらに彼らには植物の意思を読む力がある。

 そして私達を襲った理由は、エネルギアの者から全ての元凶はファルシアン王国であると教え込まれていたからだった。

 カティヌールの姫か彼らが嘘を言っていなければ、という条件は付くが。


「聖樹ね……」

「何か心当たりがおありかしら?」


 お兄様は考え込まれているが、心当たりも何も、神聖なオーラを放つ木が王城の中庭に生えている。そう、妖精様が去年植えられた不思議な果樹だ。


 あの木に名前を付けるのなら、聖樹という名前がピッタリだろう。


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