268. 意思
「皆、先程の話、どう思う?」
この国の王族と通訳の女が牢から去った後、俺はそう切り出した。
河に流されたままはぐれたミグタリのことは心配だが、その程度では死なんだろう。まずは仲間の意思を早めに統一しておくべきだ。
「でき過ぎな話ではなかったか? それ程都合よく一国に強大な力が集まるとは思えんのだが」
「いや、俺はこの国の言い分の方がまだ理解できる。魔法国の男は胡散臭かったからな。伝承通りなら妖精は幸運を運び込む存在だ。この国に幸運が集まった結果なのだろう」
魔法国の男の話では、この国がドラゴンを召喚して使役しているということだった。しかしこの国の言い分では、魔法国がこの国を攻めるためにドラゴンを召喚し、この国はそのドラゴンを討伐しただけらしい。ドラゴンは使役しているのではなく、剥製にしたところ妖精が勝手に動かしたという主張だ。
確かにドラゴンは生きた動きではなかった。剥製を無理矢理動かしていると言われればあの動きにも納得がいく。
「だが、この国の馬車に魔王の紋章が彫られた板があっただろう。この国が言うにはあの板はただの遊戯用だという話だが、ただの遊戯のために我々が破壊できない程の強化魔法を付与すると思うか?」
「それも妖精がやったという話だ。そもそも妖精が洗脳されているのかどうかが問題だろう。そこが分からぬまま判断するのは危うい」
「確かにな。だが確認しようにもあれから妖精とは接触できていない。この国か魔法国、どちらの主張が正しかったとしてもあの妖精が要なことには変わりないのだ。今後わざわざ俺達と接触させるようなことはしないだろう」
結論が出ないまま昼が過ぎた頃、この国の王族と通訳が再びやってきた。
早朝の襲撃で捕まり、午前中に1度目の尋問が行われ、昼過ぎに2度目の接触だ。それなりに大きな国のトップにしては対応がかなり早い。それだけ向こうも急ぐ理由があるのかもしれないな。
そうして2度目の話し合いで、この城に神聖なオーラを放つ木があることを知らされた。聖樹様の話をした俺達にこの城の木の存在を明かすかどうかを協議してきたってところか。
本当にこの国に聖樹様のような木があるのなら有難い。その木が聖樹でなくても、その木の意思からこの国か魔法国のどちらが間違っているのかを確認することができる。植物は嘘を
その後俺達は縛られたまま1本の木の前まで連れてこられた。全員が連れてこられたのは、俺達と渡り合える戦力が1人しかいないからだろう。下手に俺達を分散させてしまえば、この異様に強い男がいない方で暴れられるのを危惧したのだと思われる。つまり、この男程強い存在は他に居ないのだろう。これ程の男がその辺りに何人も居る訳がないからな。
「XXXXXXXXXXX」
「こちらの木に触れる許可は1人だけ、とのことです」
金髪の王族の発言を女が通訳してくれる。この国に我々の言葉を知る者が居て助かったと改めて思った。
「ムースリ、お前が行け」
「分かった」
目の前の木に近付く。まだ小さい木だが、確かに聖樹様と同じ神聖な力を感じるな。聖樹様が北へ向かえと示されたのはこの木が理由だったのかもしれない。周りには霊石だけでなく聖結晶まで生えてきている。もっと大きく育てば聖樹様と同じ力を持つだろうと期待できる。
俺はそっと神聖な力を発する木に触れた。
「やぁボク果物の木だよ主に望まれてここに居るんだ主が望んだときに果物を作るのがボクの役目さボクの主は小さくてとってもかわいいんだよ会ったことある?そうなんだ君たち見ない顔だね何しにきたのへー魔王の封印を強化したいんだねでもボクは主に望まれてここに居るから君たちとは一緒に行けないなそれよりボクの」
――バッ
一瞬で頭に流し込まれた大量の意思に耐えきれず、思わず手を離してしまった。
「どうしたムースリ!? 汗がすごいぞ?」
「そんなにすぐに手を離しては満足に意思を感じられぬだろう?」
「い、いや……。これは……」
触れたのは一瞬だ。なのに恐ろしい量の意思だった。
他の植物よりもハッキリとした意思を持っておられる聖樹様ですら、俺達が感じることができる意思はなんとなくこう思っておられるのだろうといった程度なのだ。
なのにこの木はなんだ。ハッキリと人の言葉だったぞ。しかも俺の考えを読み取ったかのような反応だった。
しかし、この国と魔法国のどちらが正しいのか、妖精は洗脳されているのかといった疑問は解消できていない。……もう1度触れるしかあるまい。
「主は洗脳なんてされていないよだってかわいいもんね自分の意思でここで気ままに過ごすのが気に入ってるんだってボクの存在忘れられてるのかと思って悲しかったんだけどこのまえボクの枝から棒を作ってくれたんだえ?魔法国?魔法国は知らないけどドラゴンを呼び出したのはこの国じゃなくて西のエネルギア王国って国のおじいさんだよ魔法大国とも呼ばれてるからそこのことかなこのお城の上で王様と闘っ」
――バッ
「ハァハァ……」
「どうしたムースリ!? また一瞬で手を離して」
「大丈夫か? お前が息切れしているところなんて初めて見たぞ」
「どうやら……、正しかったのはこの国のようだ。妖精は洗脳されていない」
「なんだと!? そんな一瞬で木の意思を読み取るなど……」
「いや、確定だ」
まずはこの国の王族と話し合う必要がある。その上で魔王封印のために妖精の力を借りられないか交渉すべきだ。魔法国の男の言葉を信じてこの国の王族を襲ったのは早計だった。
はぁ、今日は後悔してばかりだな。
なんて日だ。
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