265. ボロボロ

 なんという速さだ。

 俺達は普段馬車など使わないが、それでも馬車という乗り物はあれ程の速度が出るものではないことを知っている。通常はあんな速さで馬車が走れば大破する筈なのだ。いや、そもそも馬の走る速度も異常だな。


 だが、追いついた。


 城の街に入られる前に襲撃する。

 そう思ったとき、対象が突然進行方向を変えた。

 何故かと疑問に思ったが、ふと街の入り口を見ると多くの民間人がたむろしていた。あの民間人達を巻き込まないようにしたというのか? 悪の王族が今更そのような気を使うというのか。

 まぁ、良い。これでやりやすくなった。


 ――ズバーンッ!


 そう思った瞬間、馬車が光ったように見えた直後、魔力の奔流が俺達を襲った。


「うぐぁ!」

「盾にっ! 隠れろ!」


 2人の盾持ちの後ろに他の6人がなんとか退避する。

 なんだこれは!? これが馬車からの攻撃なのか? ということは、これは魔術攻撃なのか!?

 魔法属性など何もない、ただありったけの魔力をぶつけてきている考えなしの馬鹿魔術だ。人間の魔術とは思えない。まるでドラゴンの中でも頂点に位置するエンシェントドラゴンのブレスではないか!

 しかしそれでも盾で防ぐことはできている。俺達の盾は聖域の魔物の魔法攻撃を完全に防ぐことができる特別製なのだからな。


「うぅ、止んだか……?」

「大丈夫か?」

「ああ、なんとか」

「おう、回復薬をかなり使っちまったが問題ない」


 ――ズバーンッ!

「ぬぁっ!?」


 2撃目だと!? これ程の威力をこの速度で連射できるのか!?

 これでは盾持ちの後ろから動けん。


 ――ズバーンッ!


 3撃目! いったい何発連射できるのだ?

 そうして何度攻撃されたのか数えるのも面倒になったとき、ようやく馬鹿みたいな魔術攻撃が止んだ。連射できなくなったということは魔力が尽きたのだろう。しばらくはあの魔術が襲ってくることはない筈だ。そう思い行動に移そうとした俺達の目の前には……。


「ドラゴンだっ!」

「いつの間に!?」

「呆けるな! いつも通り盾持ち先頭で突撃! 一気にドラゴンを倒すぞ!」

「おぅ!」


 俺達の前に立ちはだかる赤いドラゴン。間違いない、聖域から突然消えたドラゴンだ。やはりこの国はドラゴンを使役していた。しかし何か違和感がする。


「ブレス攻撃だ! 盾! ……なっ!?」


 ドラゴンの口が光ったことでブレス攻撃を予測して盾持ちに防がせようとしたのだが、ドラゴンはブレスを吐かず口を光らせたまま予備動作なしに1回転し、尾で俺達を薙ぎ払った。

 なんだあの動きは! まるで関節のない木彫り人形をその場で回したような不自然な動きだった。


「うわぁ! こいつ、動きがおかしいぞ!」


 ドラゴンが足を一切動かさないまま滑るように前進し、仲間の1人に体当たりした。その隙に他の仲間が攻撃したがダメージが入ったようには見えない。

 次の瞬間には羽も動かさずに直立のまま真上に飛び上がり、そしてそのままの姿勢で仲間の上へ落ちてくる。

 こんなもの生物の動きではない。予備動作がないとかそういう問題ではないのだ。まるで子供がドラゴンの人形で遊んでいるかのような脈略のない動きをする。


「グオオオオオオッ!」


 自分は生物であることをアピールするかのようにドラゴンが突然雄叫びを上げた。その間に攻撃を加えるが、やはりダメージは入らない。


「グオオオオオオッ! グオオオオオオッ!」


 狂ったように雄叫びを上げ続けるドラゴンは、今度はそのまま腕をグルグルと回しだした。なんだ!? いったい何をしようと言うのだ!?


「おい! 敵の増援が来ている!」

「ぐぬぅ……」


 ここは敵の本拠地の目の前なのだから、当然増援は予測していた。しかし増援が来るまでこれ程何もできないとは想定外だったぞ。


「おい!」

「今度は何だ!?」

「河だ! 河が逆流してきている!」

「ああ?」


 こんなときに河の流れくらいで騒ぐなと思ったが、河下を見ると有り得ない程大きな波が見える。ズゴゴゴゴゴ!という水流の音とは思えない地鳴りの様な音が響き始めた。

 馬鹿な。ドラゴンの雄たけびで水音に気付けなかったというのか。


「ブレスだ! 備えろ!」


 ドラゴンの口が光ったため俺達は盾の後ろに集まる。先程はブレスが来なかったが、だからと言って備えない訳にはいかないのだ。

 その俺達に向けて、ドラゴンは寝そべりそのまま横滑りしてきた。なんだその動きは! 今まで以上に有り得ない動きではないか!

 避けきれなかった5人がドラゴンの横腹に押し出され河に放り込まれる。なんとか避けた3人も、大きな石礫が飛んできて河に叩き付けられた。

 ドラゴンのブレスは盾で防ぐべきではなかった。散開すべきだったのだ。いつもの戦法が仇となった。しかし、後悔してももう遅い。


 ――ズゴゴゴゴゴ!


 直後、俺達は河の激流に飲まれたのだった。

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