264. そんな時期

 恐ろしい程激しく揺れる馬車。気を抜くと舌を噛んでしまいそうだ。私とニーシェは馬車の内装に掴まり揺れに耐えるのに精いっぱいだ。

 現在外は真っ暗だが、明るい内に見えた馬車窓の景色は速過ぎて縞模様に見えた程だ。隣では妖精様の鳥籠がカッチャカッチャと音を鳴らして揺れている。


「シルエラッ、はっ、平気な、よう、ですねっ?」


わたくしは、2度目で、ござい、ますので」


 今、私達一行は信じられないスピードで王都に向けて走っている。襲撃を受けたため以降の予定をキャンセルして帰還することにしたのだ。そして、王都に向けて転進してすぐに妖精様のお力でもの凄い速さとなった。

 おそらく聖王国に行った際のドラゴンの方が速いのだろうが、体感では今回の方が速く感じてしまう。


 夜通し走っている。この速度なら朝には王都に到着することができるだろう。シルエラは昨年の王城襲撃事件の際に南の辺境から1日で王都まで戻ったという。

 これ程の速度で夜を徹して進ませるということは、妖精様は再襲撃を懸念されておられるのだろう。普通ならこの速度に追いつける者など居ないと判断できるところだが、あの襲撃者達の速さは異常だった。追いつかれるかもしれない。


 それにしても、あの襲撃者達は何者だったのだろうか?

 異様な強さだった。護衛騎士は全く歯が立たなかったのだ。妖精様のお力で強化された冒険者が居なければどうなっていたか分からない。

あのような特徴的な外見であれ程の強さであれば噂くらい出回っているように思ったのだが、誰も心当たりはないと言う。


 しかし、妖精様はあの襲撃をも想定されておられたようだ。

 妖精様が道中お作りになられていた用途不明の物品の数々、襲撃者は何故かそれらを奪っていったのだから。いったいどのような理由があったのかは見当も付かないが、妖精様はあの襲撃者を退けるためにあれらの物品をご用意されていたに違いない。


 妖精様はどこまでの未来が見えておられるのだろう。

 私には薄っすらとした予感がある。周辺国が信仰する太陽神や双子神には名前がない。本当はあるらしいのだが、人が知るには烏滸がましいという理由で伝えられていないのだ。

 最近になって聖王国の神話も学んだが、聖王国に光の玉を齎した精霊もその主である神も名前は伝えられていなかった。

 そして名前を明かさない妖精様。妖精様はもしかして……。



「姫様っ、お、王都がっ、見えてっ」

「もう、ですかっ? 流石、速い、ですねっ」

 ニーシェの言葉に前方を確認すると、確かに朝日に照らされた王都が小さく見えている。考え事をしている間に夜が明けたようだ。


「ティレス王女、殿下、妖精、様が」


 妖精様を見ると、妖精様は北西を指差されながらこちらを見ておられた。そちらには河くらいしかないのだが……。

 そうか! もうそんな時期だったか!

 今回は私にも分かりましたよ、妖精様!


「シルエラっ! 転進、北西! 指示をっ!」


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