263. 紋章
「駄目だ。見た目は良いがガラクタばかりだ」
「魔力なんて微塵もないぞ、ムースリ」
「そうだな」
俺達がこの国の王族を襲った目的はいくつかある。
1つ目はこの国が本当にドラゴンを使役しているのかを確認することだ。王族が絶体絶命になればドラゴンが出てくるかもしれないという思惑があった。あわよくばそのドラゴンを討伐できればと思っていたのだ。
聖域の外にドラゴンが存在するなど世界の脅威でしかない。本当にこの国がドラゴンを使役しているのならば早めに討伐すべきだろう。しかし今回、ドラゴンは出てこなかった。「ドラゴンを出してみろ」と挑発してみたが無意味だったな。
2つ目は妖精の救出だ。
妖精を救出して聖域にお連れできれば魔王を封じている聖域の結界をなんとかできるかもしれない。
妖精がこの国に居るなど半信半疑だったが、先程の襲撃で妖精の存在を確認している。そして妖精がこの国の者に力を使ったのも間違いない。
しかし、妖精のような純粋な存在が人間同士の戦争に加担する筈がないのだ。おそらく逃げられない何かしらの理由があり無理やり使役させられているのだろう。ドラゴンを使役しているのが本当なら妖精を使役できるのも納得できる。やはりこの国は危険だ。
妖精が敵に協力的だったため今回の襲撃では妖精を救出することはできなかったが、こちらも早期に解決すべき問題だろう。
3つ目は魔力を帯びた物品の奪取。
これは我々の目的ではなく、我々の協力者からの依頼だ。しかしなんとか奪取してきた物からは一切魔力を感じることができない。見た目は良いので金にはなるだろうが、魔力がないなら目的は果たせない。人間が作ったようには見えない美しくも怪しい形状で恐ろしく細かい装飾だったため、妖精由来の魔力のある物品だと判断したのだが早計だった。
襲撃前の確認で、馬車内から強大な魔力を発する物があることは確認していた。だから手当たり次第に馬車内の物を奪ってきたのだが、これほど杜撰な対応になってしまったのは敵の戦力が想定以上だったからに他ならない。
「馬車内の魔力だがな、あれはこの国の王女だろう小娘が発していたぞ」
馬車を槌で叩いたミグタリがそう言う。
「馬鹿な、人間の魔力ではなかったぞ」
「そうだ。聖域の外にそのような人間が存在するなど信じられん」
「だが、馬車を護衛していた奴らのうちの1人もあり得ない強さだった。我々は外の世界を侮り過ぎていたのかもしれん」
「ああ。奴が持っていた魔剣もヤバい。直前まで何も感じなかったのに抜いた瞬間莫大な魔力を感じた。振れば岩を飛ばせるなどまるで神器ではないか」
聖域の中では生物は強化される。我々は聖域の中で強化されて育ったのだ。そして同じく聖域に強化された強力な魔物を我々は日々狩ってきたのだ。その我々と互角以上に渡り合ったあの男の強さは異常だった。聖域の外にもあのような人間がいるのかと皆驚きを隠せない。
「他の護衛も問題だぞ。斬っても潰してもすぐに生き返ってくる。あんなの人間じゃない」
「ああ、あれぞ悪魔の所業。やはりこの国は危険だ」
「いや、あれは妖精の力だろう。少しばかり強力なただの回復魔法だ」
「なんだと」
「妖精が協力しているのか? ならばこの国が悪というのは間違いでは?」
「だいたい、あの胡散臭い男は信用できるのか? この国がドラゴンを召喚して使役し周辺国を蹂躙しようとしているって話だったが」
「そうだ。妖精が加担している国というだけじゃない。まわりの植物もこの国に悪感情は抱いていないぞ」
俺達は触れている植物の意思を感じることができる。しかしここの植物は普通の植物だ。意思と言っても漠然とし過ぎている。聖樹様程の明確な意思は感じられない。
「落ち着け。ここら一帯の植物が国に悪感情を抱いていないと言っても、それは国が無暗に植物を枯らしたりしていないだけだろう。おそらく魔法国の男が言っていたことは本当だ。妖精は無理やり使役されているだけに違いない」
「根拠はあるのか、ムースリ」
「これを見ろ」
皆の疑念を払うべく、俺は奪ってきた物の中から1つの板を取り出す。四角いマス目が縦横9列描かれ、そして中央には……。
「魔王の紋章!? 馬鹿な! それがあの馬車の中にあったのか!?」
「そうだ。聖域からどうやってドラゴンを召喚したのかと思っていたが、これがあればそれも可能なのかもしれない」
「しかし、それからはなんの魔力も感じないぞ。板に紋章を描くだけで召喚効果など発揮できるものか!」
「いや、これには付与魔法がかかっている。おいミグタリ、これを槌でおもいっきり叩き潰してみろ」
「まさか……。いや、やってみよう」
半信半疑のミグタリがそう言って、地面に置いた板に向けて渾身の力で槌を振り下ろした。衝撃で周りの土が飛び上がる。しかし、肝心の紋章が描かれた板には傷1つ入っていなかった。
「なっ!? これは、本物の魔王時代の遺物なのか……? じゃぁ、本当に……」
「ああ。この国はこの紋章でドラゴンを召喚した。紋章の周りに描かれている怪しげなマス目も何かしら儀式的意味があるのだろう。それにな、考えてもみろ。いくら回復魔法で死なないからといって、そんな状態で戦えるか? 普通の人間なら精神がイカレる筈だ」
「……そうか! 確かあの男は、ファルシアン王国は妖精茶とかいう怪しい茶で国民を洗脳しているって言っていた。あの護衛達のアンデッドのような行動がそうなのか」
「ああ。妖精茶という名だが、おそらく妖精とは無関係な怪しい手段で用意された薬物だろう」
「なんてことだ! 自国の民を薬物で操るなど、やはり危険な国だったか!」
「しかし、今後の行動はどうする? 1度あの男のもとへ戻るか?」
「いや、目的を何1つ達成していない今、戻る意味などないだろう。それよりも、あの一行が王城に戻る前にできるだけ早く、もう1度襲撃すべきだ」
「そうか……、そうだな」
「うむ、俺も賛成だ」
「第1目標は妖精本人、次点で莫大な魔力を放っている王女、もしくは異様に強い男が使っていた魔剣の奪取だ。いくぞ!」
「おう!」
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