259. 東の辺境伯

「ようこそ! 歓迎致しますぞティレス王女殿下、そして妖精様。王族の対応に向かぬ粗暴な者達は遠ざけております故、安心してくだされ。はっはっは!」


 大柄で筋肉質な、それでいて気品も備えている鷲鼻の男性が出迎えてくれる。長年王国を帝国から守ってきたオーディエン辺境伯だ。辺境伯自身が出迎えに来るとは少し予想外だった。


「お久しぶりです、オーディエン辺境伯様。スタンピード祝勝パーティー以来ですね」

「はっはっは、まだ1年も経っておりますまい。久しぶりと言うには早過ぎますぞ」


 戦争が続いた東部では実力主義の考えが強く、とりわけオーディエン辺境伯は戦闘の実力を重視していると聞く。

 弱い者への眼差しは冷たく、昨年のパーティーでは私への眼差しも冷たかったと記憶しているのだが……。そんな辺境伯が笑顔で私達を出迎えるとは思わなかった。


「王女殿下の西でのご活躍は聞いておりますぞ。攻めてきたエネルギア魔法馬鹿共を薙ぎ払い、戦後復興にも多大な貢献をされたのだとか。ぜひ東のこの地にもお力をお貸頂きたいですな」


 なるほど、エネルギアとの戦果が認められたのか。しかし私の力など微々たるものだ。エネルギア戦では私は囮になっただけで実際に敵を薙ぎ払ったのはシルエラであるし、戦後復興も妖精様のポーションを届けただけ。この場には妖精様も居られるのだから私の出番などないだろう。

 そう思っていたのだが、東の地には王族の判断が必要な話が山積みで、その日妖精様が慰安に出回られている間、私は細々とした話し合いに追われるのだった。



「はっはっは! 優秀ですな、ティレス王女殿下。クレスト殿下ではなかなか事務処理が進みませんでな」


「そうでしたか……」

 その日の晩餐、粗方の事務処理が片付いたオーディエン辺境伯は上機嫌となっている。しかし、なかなか反応に困る発言が多い。


「それでですな、相談なのですが、東の地にも何か特産品のようなモノが欲しいと思っておりましてですな」


 そう言いながらオーディエン辺境伯はテーブル隅で食事中の妖精様に視線を向けられる。


「帝国との戦は終わり、これからは東も産業に力を入れていくべきでしょう。妖精様のお力で北は鳥の模型の販売が、西は羊肉や羊乳が人気になっているそうではないですか。ここは1つ、東の地にも何か妖精様のお知恵をと思っておりましてな」


 妖精様を見ると首を傾げておられる。

 鳥の模型や羊を妖精様が特産品にしたと言うよりは、帝国やエネルギアへの対策が結果的に特産品になっただけなのだろう。突然特産品の案を問われても、流石の妖精様でも無理難題なのではないだろうか。


「なに。すぐにとは言いませぬ。考えておいて頂ければ幸いですぞ。ところで……」

「何でしょう?」


「妖精様のお名前はお訊きしても宜しいのですかな?」


 妖精様のお名前!?

 そう言えば妖精様のお名前は知らないままだった!


 妖精様を見ると、傾げておられた首が反対側にコテンと傾げなおされたのだった。


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