258. 馬車の木

 王国西部の森の中の街道を進む。

 ちょうど1年ほど前に妹のティレスが野盗に襲われた森だ。

 広大な森だが街道を維持できる程度には魔物も多くなく、森にしては比較的安全な部類と言えるだろう。行商や一般人が護衛無しで通るには辛いが、護衛さえ用意できれば通行に問題はない。一時期帝国が放った野盗がのさばっていたがそれもほぼ駆逐できている。

 そんな比較的安全な筈の森の中、行く先に人だかりが出来ていた。


「クレスト様、前方にウェスファー辺境伯の者と思われる集団がるようです。如何なさいますか?」


 この騎士隊の隊長を務める男が堅苦しい口調でそう訊いてきた。

この王国には東西と南にそれぞれに辺境伯領があり、ウェスファー辺境伯は西の辺境伯とも呼ばれている。去年の秋にティレスが避難させてもらっていた地の領主だ。


「ああ、俺にも見えている。そうだな……。おい、そこの冒険者、インディだったな。お前目が良いんだろう? あの集団が何しているか見えるか?」


「はい。どうやら横倒しになった馬車を調べているようです」


「ふむ、魔物にでも襲われて馬車を倒されたのか? それで横倒しになった馬車がまだ使えるかどうか調べていると?」


「いえ、そうではないようです。馬車から木が生えておりますので……」

「ああ?」


 馬車から木が生えているって何だ。王都からここまで特に何もなかったがいきなり妖精案件らしくなってきやがったな。危険もなさそうだしもう少し近付いてみるしかないか。


 そう思いそのまま近付いてみると、確かに馬車から木が生えていた。横倒しになった馬車の横扉から細身の木が人の背の2倍程の高さまで伸びている。それをウェスファー辺境伯軍が取り囲んでいた。

 向こうもこちらに気付いたようで1人が挨拶にやってきたので、その者の先導で辺境伯軍と合流する。


「エレット・ラ・ウェスファーでございます。お久しぶりですわ、クレスト殿下」


 栗色の髪を揺らし、色白細身の令嬢が挨拶してきた。

 西の辺境伯の娘か。幼い頃のお披露目で1度会ってはいるが、正直初対面みたいなものだぞ。あまり外で行動するタイプに見えないが、どうやら彼女がこの一行を取り仕切っているようだ。


 確か、盲目だったが妖精のおかげで視力を取り戻したという娘だったな。そのため妖精を崇拝するようになったそうだ。ちなみに、後の調査で盲目となった原因もエネルギアの工作だったことが分かっている。


 工作と言えば、去年に王都地下に毒薬がしかけられていたことが戦後になって判明した。しかも、その毒薬は効果を発揮する前に妖精に浄化されていたのだとか。

 本当なら去年に帝国から王城が攻められたとき、王都は疫病が蔓延していることになっていたらしいのだ。もしそうなっていれば、今頃王国は存在していなかったかもしれない。あの妖精は知らないところで本当にいろいろしているな。


「久しいな。ところで、ここで何をしている?」


「はい。王家の馬車を回収に参ったのですが……、見てのとおり動かせる状況ではございませんので……」


「ふむ」


 エレット嬢の説明によると、この馬車は去年秋にティレスが西の辺境伯領へ避難する際に乗っていた王家の馬車だと言う。確かに馬車には王家の紋章があるな。

 その馬車はエネルギアとの交戦で自走できなくなったため放棄したのだそうだ。だが、壊れてはいても王家の紋章入りの馬車だ。悪用される前に回収しなければならない。

 しかしその後エネルギアとの大規模戦闘となり、その被害で馬車回収どころではなかったと。そうしていると冬になり雪が積もって馬車の回収はできなくなった。

 そのため春になって雪が溶けた後すぐに部下に馬車の回収をさせようとしたのだが、馬車から木が生えているという報告が入ったため軍を率いて調査にやってきたと。ふーむ。


 幸い馬車は街道から逸れた位置で横倒しになっているから通行には差し支えないが、さすがにこの一行を無視して西へ進むのは気が引けるな。


「このまま木を切り倒すと馬車が下敷きになってしまいますわ。そのため馬車を解体して回収する他ないでしょう。しかし王家の馬車でございますので王家の許可を取ろうとしていたところですの」


「そうか、なら俺が許可を出そう。1度解体して良いぞ。しかしこの木は何だ? 馬車から生えている木だけでなく周辺にも似たような木が何本か生えているが、他の森の木とは違うように見える。聞いたとおりなら、この木は秋から春の半年でここまで伸びたってことだろう?」


「そうですわね。西のわたくし共も見たことがない木です。魔力を感じることができる者が言うには、なにか神聖な魔力を発しているそうですが……」


「神聖な魔力……?」

 そういや王城にもあったな、突然大きくなったという神聖な魔力を発する木が。王城本館西に生えた、その実を食べると超人になるという木だ。まわりには霊石やら聖結晶も生えている。

 なるほど、これも妖精絡みか。だとすると俺の目的地もここか?


「ところでクレスト殿下はこの地へはどうして? ウェスファー領に来られるという一報などは頂いておりませんが……」


「あー、そうだな。知らせていなかったのはすまなかった。なにせ目的地も目的も分からんからな。ウェスファー領に入るタイミングが分からず事前に連絡できなかった。……しかし、ここが目的地かもしれん」


 さて、どうするかな……。



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