256. うぎゃぁああああっ!!

「いやはや、これが新しい王都名物ドラゴンバッジですか」


 ドラゴンがかたどられた平たい装飾金属を眺めるギルマス。

 去年の秋からギルド本部に行っていたギルマスは春によぉうやく帰ってきたと思ったらそのままギルマス部屋に籠って呑気にくつろいでるんだよね。


 良いんだよ? 今はちょっと暇だもんね?

 春になって妖精様目的の人たちが集まってきたけど、その対応も自分の中である程度マニュアル化できたからそれも落ち着いたし。後はギルド職員だけで対応できるように手順化すればなおヨシってところだね。

 だけど今がちょっと暇なのは冬の間に誰かが頑張ってたってことなんだよ? 例えばサブマスターである私とかがね? ホントにね?


「一冬不在にしただけでしたが、ここまで王都が様変わりしているとは思いませんでしたよ。街中が妖精様の装飾だらけになっているくらいは予想していましたが、まさかドラゴンまでとは」


 ドラゴンバッジを見つめながらそうしみじみ呟くギルマス。


「色々あったんですよ。本当に、本当に色々と。後で聖王国関連の資料読んでおいてくださいね? って言いますか、帰ってくるのちょっと遅くなかったです?」


「王太子殿下の結婚式前には帰ってきていたではないですか。私も本部で色々と苦労したのですよ? 冒険者達が妖精様に手を出させないと了承させることに非常に手を焼きましたからね。それにお土産も買ってきてあげたではないですか」


「お土産て……。この"塔"の置物、みんなに配ったそうですけど喜ばれると思ったんですか? 女性にはもうちょっとカワイイモノの方が良かったと思うんですけど」


 ギルマス部屋にも置いてあるギルマスが大量に買ってきた"塔"の置物を見る。小さい土台に手の平くらいの高さがあるただの白い棒が突っ立ってるだけの置物だ。

 自分の分まで買ってきているところを見るとギルマスはよほど気に入ってるみたいだけど、女性陣からは不評なんだよね、これ……。


「南方諸国が崇める"塔"ですよ? 王国では珍しいでしょう?」


「うーん、受付嬢の間では半数以上がいらないって言ってましたけどぉ?」


「ええ……。ギルマスのお土産が要らないとは、皆さん大物ですね。私は悲しいです」


「いやぁ、いらないでしょぉ、こんな棒。どうせなら食べられるモノが良かったです」


「無理言わないでください。食べ物なんて帰り着くまでに腐りますから。それとも南方諸国の保存食が良かったのですか? 王国とそれ程違いはありませんでしたけども」


 確かに。ただの保存食ならいらないかな……。

 一昨年は食料不足で保存食があればみんな飛びついてたってのに、1年でよくここまで変われたよねぇ。これも妖精様のおかげかぁ。


「それから、今は王都にも南方諸国からの来訪者が多数滞在しています。外で不用意に"塔"を"こんな棒"とか言わないでくださいね?」


「は~い」



 ――コンコン


「はーい、何ですかぁ?」

 不意になったノックに応えると、1人の受付嬢がギルマス部屋に入ってきた。みんな元先輩で今部下だから最初はやりにくかったけど、今はもう慣れちゃったなぁ。


「サブマス、ドラゴン討伐目的の冒険者がまた来てますがどうされますか?」

「あー、拒否拒否。そのドラゴンは無害、手出し無用だって言っといてください~」


「承知致しました。それと、妖精に会いたいという人が来てますけど」

「あー、不在不在。妖精様は今王都に居ないって言っといてください~」


「承知致しました。それでは」


 受付嬢が出ていったのでギルマスに視線を戻すと、なんかニヤニヤしてる。


「いやはや、サブマスターもすっかり板に付きましたね。優秀なサブマスターを指名できて私も鼻が高いですよ」


「笑わないでくださいよぉ」


「そう言えば聞きましたよ。ダスターさんと婚姻、ぷっ」

「笑わないでくださいよぉ!!」


「いきなり愛してます!って言ったのですって?」

「うぎゃぁああああっ!! だってだって、王妃様のご命令ですよぉ!? そりゃ最初から全力アタックするしかないじゃないですかぁ!」


「あいや、すみません。涙目になるとは思いませんでした。しかしあなたも満更ではないのでしょう? ダスターさんも戸惑ってるだけです。実質王命ですから本気で断りはしませんでしょうに」


「あーもう! ニヤニヤしないでくださいぃ!」


 妖精様は不在、ダスターさんも付いて行った。

 しばらくは私にとって安寧のひとときだったハズなのに、このギルマスってばホントにもう!


 まぁでも、早いことダスターさんのことも何とかしないとダメなのは事実なんだよねぇ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る