250. 残党
「……馬鹿を申すな。ファルシアンに攻め入っても勝機などないであろう」
腰抜けの王がそう難色を示す。苦渋に満ちたその表情から、政治的理由で拒んでいるのではなく、本当に勝ち目がないと思っているのだろう。
この国を動かすことができればファルシアン王国を落とすのも現実味が出てくるというのに、腰が重すぎて抜けてしまったようだ。どうにかしてこの腰抜けの腰を上げさせる必要がある。
我々エネルギアのエリートがどうしてこのような腰抜けを相手にせねばならんのか。しかし今は雌伏の時、たとえ泥水を啜ってでも憎きファルシアンの虫共に目に物を見せてやるのだ。
エネルギアでは魔術こそが至高であり、エリート魔術師である我々は我が師を頂点として王よりも強い権力を持ち思いのまま国を動かしてきた。
しかし我が師がファルシアンに敗れ、これ幸いとエネルギア内の王族派が権力を取り戻そうとファルシアンと協力して我々魔術師を捕縛し始めたのだ。多くの魔術師が捕まり、目ぼしい研究成果や魔道具もほぼ全てファルシアンに押収されてしまった。
元々エネルギアはファルシアンへ攻め入る予定などなかった。帝国がファルシアンを混乱させている間に、ファルシアンから魔術実験の被検体となる人間を適度に調達できれば良かったのだ。
しかし、帝国の依頼で我が師がファルシアンの王妃に施した呪いが返されてしまったことで状況が変わった。師の呪いを解くにはファルシアン内に生じた聖結晶が必要となり、師はファルシアンへ攻め入るしかなくなったのだ。
そうなったのも全てはたった1匹の妖精が原因らしい。たった1匹の妖精が現れた影響で我々は負けたのだ。
妖精のために光の玉の入手にも失敗した。
せっかく帝国にいた聖女の妹を洗脳していたというのに、それも妖精に解除されてしまったようだ。今は大人しく聖王国の中で結界維持に従事しているという。忌々しい。
だがそれで諦める我々ではない。
なんとかいくつかの魔道具を持ち出し同志と共に山脈を越え、ここ南のカティヌール王国へと逃げ延びることができた。
カティヌールはファルシアンの真南に位置するそれなりの力を持つ国だ。"塔"派の国とは言え、"塔"派の国々では最も北に位置する国であるため、比較的"橋"派の国々に近い文化を持つ。
男の身とは言え我々は魔術師。冬の山脈越えで体はボロボロだ。有用な魔道具もその多くを失っている今の状況では戦えない。だからまずは、このカティヌールをファルシアンへけしかけてやるのだ。
「消極的になっておられる場合ではございませぬぞ、カティヌール王よ。
「ぬぅ……。お主の主張は理解しておる。何もしなければ我々カティヌールも攻め落とされると言うのであろう。だからこそカティヌールはファルシアンとの友好を確たるものにすべく、我が娘とファルシアン王族との婚姻を打診しておるのだ。王太子の側室は望み薄と判断したが、まだ第2王子が残っておる。まだ幼いが第1王女を狙うのもありだろう」
「ファルシアン王太子との婚約をそちらから1度強引に破棄されたのでしょう。そのような状況から再び王族同士の婚姻など望めますまい。カティヌール王国は落ち目だったファルシアン王国を見捨てた形となるのですからな。現に第2王子との婚約打診も断られておられるのでしょう?」
「ぐぬぅ……。しかしファルシアンは今や妖精の加護のもと、強大な力を手に入れておる。ドラゴンはどうするのだ? ファルシアンのドラゴンは聖王国に攻め込もうとした国々を1撃で撃退したという話ではないか」
「我々には強力な力がありますが、それだけでは不安と申されるのでしょう。しかし心配はいりませぬ。神域の民を味方に引き入れると宜しいのです」
「神域の民か……。実力は確かなのか?」
神域の民とは、ここよりもさらに南に存在するという神域の森で代々聖樹を守っている引き籠りの民だ。
神域には伝説とも呼ばれるドラゴンをはじめとした強力な魔物が跋扈しているという。神域の民はそういった強力な魔物を日々倒して生活しているそうだ。実力に偽りはないだろう。
何故神域の民が神域の外に出てきたのかは知らんが、利用できるものは何でも利用してやる。
師が命を賭して召喚したレッドドラゴンをファルシアンに取られたのは癪に触るが、そのドラゴンも1匹だけなら神域の民にかかればただの獲物に違いない。
「もちろん」
満面の笑みで答える。ここが勝負どころだ。なんとしてもこの腰抜けの腰をあげてやる。
「ぬぅ……、分かった。しかし時間をくれ」
「……承知しました」
腰抜けめ。
まぁ、かなり意識をファルシアン攻めに持っていくことはできただろう。後は噂を流すなどして攻めざるを得ない状況に持っていけば良いか。
ようやく道が見えてきた。
この後はムースリとかいう神域の民を騙してファルシアンのドラゴンを狩らせれば良い。ドラゴンさえいなければカティヌールも重い腰を上げファルシアンに攻め入るだろう。
その間に我々は件の妖精を捕獲、もしくは妖精由来の品を入手するのだ。
幸い魔力抽出の魔道具を1つ持ち出すことができている。この魔道具は人の命を魔力に変換する魔道具だが、この魔道具で妖精が作ったというふにゃふにゃな短剣から魔力を抽出できることは確認できているのだ。
その短剣もファルシアンに取り戻され光の玉も入手に失敗したが、妖精かそれ由来の品があれば莫大な魔力を得ることができるに違いない。
莫大な魔力さえあれば、我々に不可能などないのだ。
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