249. 綻び

「どうだった?」

「駄目だ。向こうの聖樹様も若干枯れていた」


 草をかき分けて戻ってきた小柄な男がそう言う。と言っても我々はみな小柄なんだが。


「そうか……。難儀なことをしてくれたものだな」

「ああ。魔物も活発になってきている。封印はまだしばらく大丈夫だと思いたいが……、聖樹様が枯れるなど前例のないことだ。どこまでもつのか分からん」


 この森は封印の地であり、かつて世界を破滅に向かわせた魔王ガルムとその配下を封印している。そして我々は、再び魔王が復活しないように1000年以上封印を守ってきた守人だ。

 この森内には聖樹様が点在して生えており、その下にはそれぞれ魔王の配下が1体ずつ封印されているらしい。そして封印の地の中央には魔王ガルムが封印されている。さらに封印の地全体を結界で覆うことで、外からの封印への干渉を防いでいるのだ。

 そうして1000年以上安定していた封印が、今綻び始めている。


「やはり半年前の空間干渉が原因か」

「ああ、聖樹様方もそう判断されておられるようだ」


 我々守人は植物に触れることでその意思を漠然と読み取ることができる。通常の植物は自我がほとんど確立していないためその思考も不明瞭なものだが、聖樹様ほど高位の植物は自我がおありなのだ。

 そうして読み取った聖樹様方の考えでは、今起きている結界の綻びの原因が半年前の空間干渉であると示されている。


「あのときの空間干渉で森内のドラゴンが1匹消えた。おそらく召喚魔法の類だったのだろう」

「ああ、そうだろうな」


 空間干渉でドラゴンが森の外へ出てしまったことで外に被害が出たかもしれないが、それはしょうがない。自分達で呼んだドラゴンだ。被害が出たとしても自業自得だろう。外の者達自身で頑張って対処してもらうしかない。


「しかし、我々では対処が思いつかない。聖樹様方は代替わりが必要だと判断されておられるが、代わりの若い聖樹様を、それも複数本見つけるなど不可能に近い。やはりムースリ頼みになりそうだ」

「そうだな。だが心配するな、ムースリならやってくれるさ」


 半年前に空間干渉で結界が綻び始めたとき、魔王本体を封印しておられる中央の聖樹様が我々に北へ行けと啓示を授けてくださった。北の地に何かしらの解決策があるとおっしゃられたのだ。

 そしてムースリ率いる数人が北の地へ旅立った。


 森に点在しておられる聖樹様方は、自身が枯死する未来を避けられないと判断されている。

 たった1度の空間干渉で封印にここまで致命的な影響が出るとは我々守人は誰1人として思っていなかった。まさかこれ程までに繊細なバランスの上に成り立っている封印だったとは。


「しかしだな、ムースリが次代の聖樹様を見つけたとしても、それだけでは問題は解決しないんだぞ。外郭の結界も綻んでいるんだ」


「心配するな。中央の聖樹様が啓示を授けてくださったということは、中央の聖樹様は解決できると思われているということだ。結界もきっと何とかなるさ」


「しかし……、いや、そうだな……。そうに違いない」


 そう言って相手を励ますが、これは自分への言い聞かせでもある。この地の封印と結界は神と魔王が戦った神話の時代の産物だ。

 封印の地に籠っていた我々でも生活のために多少は外との繋がりを持っている。だから神話の時代の産物と同等の代物が今の時代に新たに産まれるなんてないことくらい知っている。そして神話当時の産物がほとんど現存していないことも。


 現存しているモノで有名なのは、遥か北の地で国ごと結界で覆っているという光の玉か。しかし簡単にはその玉を譲ってはくれないだろうな。その国では結界頼みで国が存続しているという話を聞いたことがある。

 外の世界では魔王などすでに忘れ去られた存在だ。魔王が復活するかもしれないから国の要の代物を譲ってくれと言っても、信用はされないだろう。


 ムースリが解決策を見つけられなければ魔王が復活する。そうなれば世界は破滅するかもしれない……。


 ああ、聖樹様。我々はどうすれば良いのですか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る