233. どうなってしまうのでしょう

 ドラゴンの背に乗せられたまま日が落ち、そして夜が明けました。

 熟睡できた人間は居ないでしょう。風もなく揺れもしないとは言え、ここから落ちれば確実に死ぬのですから。しかも、このドラゴンを飛ばしておられる妖精様ご自身は熟睡されておられるため、何かがあればどのような対処も取れないのではないかという恐怖があります。


 また、王国側の方々にとってはこれから赴く聖王国はある意味敵地とも言えます。全く準備ができていないまま敵地に向かっているという緊張もありますでしょう。そして私と母には王国の方々とは異なり妖精様への信頼が足りておりません。本当に聖王国に着くのかという疑いが心の隅に芽生えてしまっています。そんな中で誰が熟睡できると言えるでしょう。


 帝国第二皇子であらせられるジグハルト様もどうやら眠れなかったようです。彼は手足を縛られていますからね。ドラゴンが少しでも揺れれば自力では踏ん張ることなんてできません。それはそれは恐怖でしょう。




 朝になってしばらく、地上の地形から判断してそろそろ聖王国領に入りそうだというとき、ようやく妖精様が起きてくださいました。そしてドラゴンが減速し、森の中に降り立とうとします。


「あの、ここはまだ帝国領なのですが、何かお考えがあるのでしょうか?」


 意を決して妖精様にそう問いかけてみますと、妖精様はキョトンとした仕草をされました。まるで急に言葉が通じなくなってしまったような錯覚に陥ります。


「ふむ、ここは……。なるほど」


「何かお分かりになられましたか、アーランド様?」

 妖精様からは答えを得られないと悟った私は、納得顔のアーランド様にその答えを求めます。


「妖精様はどうやって聖王国の場所を知り得たのか疑問だったのだが、もしかして妖精様は聖王国を目指されていたのではなく、聖王国へ赴いた冒険者の転移先に向かっておられたのでは、と思ってね」


「では、そうなりますと妖精様は聖王国の場所を、ご存知、ないのですか……?」

「まぁ、なんてこと」


 いけません、少し呆然としてしまいました。母も驚いております。もし妖精様が聖王国の場所をご存知ないのでしたら、早く妖精様に聖王国の場所をお伝えしませんと。



 なんとか妖精様に聖王国の場所をご説明してご理解頂き再びドラゴンが加速した後、今度はなんと聖王国の中心である聖王都を通り過ぎてしまいました。慌てて妖精様にお伝えするも、ドラゴンはそのまま帝国とは反対側の国境付近まで進んでしまいます。


 しかし、そこでようやく妖精様の意図に気付くことができました。同時に妖精様がこれ程性急に聖王国に向かわれたことにも。地上を見ますとなんと隣国が今まさに攻め入ろうとしていたのです。


「隣国の侵攻は年明けという情報だったが、フェイクだったか。妖精様が急がれる訳だ」


 アーランド様の発言に続き、状況を理解されたティレス王女殿下が目を細めて発言されます。


「流石妖精様です。全てお見通しだったということですね。そして私達をここまでお連れになったということは、この侵攻を妨害しろということでしょう。シルエラ、やりなさい」


 指示を受けた侍女が詠唱をしながらゆらりと立ち上がります。同時に私と母の顔は驚愕に染まりました。おかしい、この侍女からは先程まで魔力などほとんど感じなかったというのに、詠唱が進むにつれ莫大な魔力が……!?

 侍女が付けているネックレス、あのネックレスが尋常ではない量の魔力を辺り一帯からかき集めているのですか!?


 そうして放たれた魔法は地上まで真っ直ぐな太い光の柱を穿ち、ドラゴンの旋回に合わせて大地を切り裂いていき、大きな土壁が光の柱を追っていきます。魔力などほぼ持たないただの侍女が、大陸をまるでケーキの如くカットしているのです。


 こんなモノを首都に撃たれてしまえば、どのような大国でも一撃で国が崩壊してしまうでしょう。ファルシアン王国では一介の侍女1人で大国を滅ぼすこともできるということです。なんていうこと。流石に王城に居た侍女全員がこのような芸当をできるとは思いませんが、この侍女にしかできないという訳でもないのかもしれません。こんな国を相手に戦争をしかけていただなんて、帝国はなんと愚かだったのでしょうか。


「あ」

「んんんーーーーーーッ!?」


 この光景を見て帝国第二皇子はどのような反応をするのでしょうと思い彼の方へ目を向けますと、なんと彼はドラゴンの背から投げ出され宙を舞っておられました。しかし、間一髪のところでドラゴンの足が彼を掴みます。


 そして、光の柱と土壁が落ち着きますと、その後には大きく長い穴が開いておりました。あれでは隣国も侵攻などできないでしょう。


 王城の皆様は口を揃えて妖精様のおかげ、妖精様は凄いとおっしゃられておりましたが、妖精様だけではなかったのです。こんな光景を作り出しておきながら、大魔術を撃った侍女もそれを指示したティレス王女殿下も涼しい顔をしておられます。普通ではありません。王国には普通ではない人間がたくさん居られるのですね。


 まだ聖王国に到着もしていませんのに、私はすでに疲労困憊です。いったいどうなってしまうのでしょう。私も、聖王国も……、そして、そんな強国から魔女と認識されてしまった妹も……。


 とりあえずまずは、この尿意をどうにかしませんと……。


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