234. 馬鹿
あー、イライラするわ。
光の玉が割れて結界が消えて他国が攻めてきて、その次はドラゴンですって?
聖王都にドラゴンが迫っているという報告で聖王国の上層部はパニックになった。なのにドラゴンが上空を通り過ぎたということで安心して、結界がなければそんなこともあるのかと言い出す始末。
そんなワケないじゃない! ドラゴンがそこらに飛んでいないなんて他国なら子供だって知ってるわ。結界がない帝国に居たときでもドラゴンなんて見たことないわよ!
そんなことを考えていると、ドラゴンが飛び去った方が明るく光り、そちらから轟音が鳴り響いた。あれがドラゴンブレス……。あんなのが当たったら人が死ぬどころか街がなくなるじゃない! ふざけんじゃないわよ!
そのドラゴンが引き返してきたとの報告で聖王宮内はまたパニックに陥った。迎撃がどうのとか言っているけれど、結界に守られてきた聖王国にそんな戦力あるわけないでしょ。
そうは言っても何とかしなきゃならないわ。普通なら聖騎士達が勝手に対処するのでしょうけど、今の聖騎士は上層部の半分を
考えが纏まる前に引き返してきたドラゴンがなんと聖王宮前に下りてきた。しかもその背に
もし予想通り蛮国から来たのなら他の奴らは蛮国関係者かしらね。蛮国の癖に良い身なりじゃない。
下り立ったドラゴンを取り囲む兵士をかき分けて
「お前達、ファルシアンの者だな? ここを聖王宮と知って立ち入ったのか?」
「いかにも。私はファルシアン王国王太子アーランド・ラ・ファルシアンだ」
ドラゴンに乗っていた男がそう名乗る。なめているのかしら、ドラゴンから降りもせずに名乗るなんて。聖王国出身の
「何の事前連絡もなしに突然そのような魔獣で乗り込んでこられるとは、いかに友好国と言えど許容できぬ。それにどうして先々代聖女であるクルスリーデ殿が同行されているのだ? 悪漢に攫われ行方不明になっていた筈だが?」
そうだわ。相変わらず状況は全く分からないけれども、相手に非があるのなら指摘するまで。その上で全部アンタ達のせいに仕立ててやろうじゃない!
幸いなことに、国の結界が消えたのは
すぐにバレる嘘でも構わないわ。
「お母様を攫ったのはアナタ達でしたのね!? おかしいと思ったのです! 国の中枢部から重要人物を攫って逃げおおせるなど、一介の悪漢には不可能ですわ!」
「マリー、あなた!」
「お母様、何も言わなくても
ここで発言を途切れさせちゃいけない。なんとしても流れを掴まなきゃ!
「それに、国の結界が消えたのもアナタ達の企みだったのでしょう!?」
「な、なんだって……?」
「ではやはり……」
「結界が消えたのは蛮国が……!」
「誤解だ」
「何が誤解ですか!? そこに居られる小さくも神聖な存在、明らかに精霊様です。やはり先代聖女が精霊様を連れ去っていたのです! そのため精霊様のお力を失った結界が消えました! そうして結界の消えた聖王国をドラゴンで攻めに来たのでしょう!?」
「おお、あれが精霊様!」
「くそ、蛮国め! 姑息な手を使いやがって」
「こんな奴らと友好を結ぼうとしていたなんて……」
「誤解だ。我々は貴国を救いにきた」
「救いにきた!? ご自身で我々を危機に陥れておいて、それを救いにきたとおっしゃられるのですか!? 先代聖女との婚約も計画の内だったのでしょう? 婚約を通して聖王国から精霊様を奪ったのです! 先々代聖女をさらったのも、結界の復旧を妨げることが目的だったのでしょう。なんて卑劣な。裏切り者のお姉様、何か申し開きはあるのですか?」
「い、いえ。あの、寒くて」
「さ、寒い……? な、何を言っているの?」
聖王国は帝国や蛮国より暖かいのよ。帝国はすでに雪に埋もれているって話だけど、聖王国はそれほど雪も積もっていない。この状況で寒いと言うなんて、
「いえ、ファルシアン城内は高度な暖房設備でいつも暖かったものですから。ドラゴンの上も妖精様のお力で暖かかったのですが、突然外気に触れますと非常に寒いですね……」
「アナタ、
「落ち着いて、マリー。光の玉が割れてしまって気が動転しているだけなのよね? 私達は新しい光の玉を届けにきたのですよ。もう何も心配することはないのです。全て解決できるのですから」
「はぁ? 新しい光の玉!?」
光の玉は人類の至宝。神話の時代の神具で失えば2度と手に入らないのよ?
「まさか、このドラゴンが咥えている大きな玉が光の玉だとでも言うの……? 偽物でしょう?」
確かに凄い魔力を感じるけれど、元の光の玉より大きいわ。割れてからそれほど時間も経っていないこのタイミングでそう都合よく手に入る訳ないじゃない。
「そんなことないわ。見てわからない? この神聖なお力が」
「馬鹿にしているの? 見ただけで分かる訳ないじゃない!」
「マリー、あなた本当に分からないの? それでは聖女のお勤めも力不足なのでは……」
「はぁ!?
「グオオオオオオオオオッ!」
「きゃぁ!?」
――ドスッ
なに!? 何が起こったの!? ドラゴンが雄たけびを上げた!? じゃぁ、そのクチに咥えていた光の玉は!?
「ちょっと! 光の玉を落とすなんて馬鹿じゃないのッ!?」
開いた口が塞がらない。これが本当に光の玉なら、なんて雑な扱いしているのかしら!?
「……あの、そんなことより」
「そんなことより!? 光の玉より大事なことって何よ!?」
「……おトイレを貸して頂けないでしょうか?」
この女ッ! どこまで
「まずは落ち着いて話し合おう。我々は会談を要望する」
「拒否するわ」
ドラゴンの上から蛮国の男が会談を要望してくるけれど、落ち着いた話し合いなんてすればこちらの嘘がすぐにバレるじゃない。そんなこと許さないわ。
「ファルシアン王国王太子よ、要望を受け会談を設けよう」
「ちょっ、クロス!?」
「落ち着けマリー。光の玉が失われたのは極秘。これ以上この場で発言を許し光の玉が割れたことが下々にも広まれば、私とお前は立場が悪くなるぞ」
クロスが小声で主張する。チッ、光の玉が割れたのは
「ところで、聖王国の皆さん」
「なんだ?」
「ドラゴンから降りるのに手を貸してくれないだろうか?」
……自分で降りられないって? コイツら馬鹿なのかしら?
初めてよ、この
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