226. 発言
「なるほど、聖王国の現状は把握しました。でかしましたよ、精霊様」
手元の報告書を読み終え考えます。まさか聖王国の結界が消えた上に人類の至宝とも呼ばれる光の玉が割れてしまっていたとは……。どうりで妖精様が警告してくる筈です。このまま聖王国が攻め落とされますと、王国のせいで滅んだと考える民衆が未来の不穏分子になりかねません。
「あ……、その、王妃様、精霊様はやめてください……」
目の前の冒険者がおどおどと応えます。この冒険者の話では、お酒マンとはこの冒険者のことを指しており、妖精様のお酒マン発言は妖精様が聖王国への調査にこの冒険者を指名していたのだろうということでした。事前に言っておいてもらえればとも思いますが、まぁ良いでしょう。不明点は1つ解消しました。
「ふふふ、
「あの……、ええと、恐れ多く……」
「そうですね。それで、魔女が今代聖女であると考える根拠は?」
「あー、えーと……、普通に考えれば……、そうなのではないか……と」
確かに現状得られる情報のみで推測しますと今代聖女以外の候補が見当たりません。しかし現時点で決めつけるのは良くないでしょう。裏で別の何者かが暗躍している、もしくは全くの別問題だった、といったように様々な可能性が考えられます。
「あの……、それで、追加で報告なのですが……、先々代聖女様が妖精様に、精霊様の眷属なのですか、と、訊ねてしまい……。えーと、あの、その後妖精様は難しい顔をされまして……」
その件ですか。現場に居合わせた者からも報告が上がっています。聖王国先々代聖女が妖精様に精霊の眷属かと問うた件。先々代聖女が言う精霊はこの冒険者なのですから、妖精様からしてみればこの冒険者の子飼いかと問われたも同然なのですが……。
「問題はないでしょう。妖精様はそのような些細なことなど気になされない寛大なお方です。難しい表情をされておられたのは、先々代聖女が救うに値する存在なのかを見極めておられたのでしょうね」
私の言葉を受けて冒険者はいくらか安心した表情になりました。しかし先々代聖女には、妖精様は眷属などではなく素晴らしい存在であると入念に教え込まなければなりませんね。
「ふむ、下がって
「ハッ」
さて、今後のことを考えねばなりません。今、聖王国に潰れられると色々と困ります。野心的な東側諸国の勢いが王国に届きかねませんからね。帝国が防波堤の役目を担える程度に回復するまで、聖王国には健在でいてもらいませんと。
聖王国が健在の内は東側諸国はこちらに攻め入ることが難しくなります。何故なら王国と聖王国が王太子の婚姻で結ばれようとしている今、聖王国を無視して西進すれば背後に敵を抱えることになるからです。
それに、今このタイミングで聖王国が潰れますと王国が原因であると思われることも良くありません。王国が原因ではないと思える程度の時間が経過するまでは踏ん張ってもらいませんとね。
妖精様は光の玉をご用意されていました。つまり妖精様の意思は、聖王国に再度結界を張り存続させることなのでしょう。では、結界再展開の役目を誰にさせようと考えておられるのか。候補は3人。まずは今代聖女。しかし魔女の可能性があります。後は母親である先々代聖女と、先代聖女のエフィリスです。
そして、どのように結界再展開まで持っていくか。年明け早々に攻め込まれるのであれば、王国からの進軍は間に合いません。帝国を動かしても間に合わない可能性があります。そうなりますと、やはり転移での移動となるでしょう。転移できるのは片道最大3人……。
まずは報告書を王城内の主要人物に回しませんとね。明日先々代聖女から改めて状況を訊きだすとしまして、それまでに各自に状況を把握させておく必要があります。
翌日、謁見後の会食で聖王国の先々代聖女から直接話を聞くことになりました。
「――という経緯で聖王国の結界は消失しました。そして今まさに隣国2カ国から攻め込まれようとしている状況でございます。満足な戦力を持たない聖王国では抗うことは不可能でしょう。どうかファルシアン王国のお力をお貸し頂きたく……」
先々代聖女からの必死の懇願。聖王国からすればここで助力を得られない場合高確率で国が
さて、妖精様のご様子は……、我関せずでお食事をお楽しみのようです。妖精様としては、お膳立てはしたから後は人間達で決めろ、ということなのかもしれません。
「国に光の玉さえあれば」
先々代聖女が悔しそうにそうこぼしました。光の玉ならオリジナルよりも強力なモノがあるのですが……。昨晩話す時間もあったでしょうに、エフィリスはそのことを伝えていないようですね。
光の玉は2度と手に入らないと思い込み悲痛な面持ちの先々代聖女に対して、光の玉の存在を知っている王国側はなんとも言えない空気になります。クレストなどあからさまに笑っているではないですか、まったく。
「例の玉をこちらへ」
文官に指示し、妖精様がご用意された光の玉を部屋に運び込ませます。
「うほぁ!?」
――ガタッ
「光の玉ッ!? なんて大きさなのッ!?」
先々代聖女が驚愕の表情で立ち上がり叫びました。良かったですね、これで未来に希望が持てたことでしょう。
「こちらは妖精様がご用意された光の玉です。十分な結界を張ることができるのは
「まぁ! エフィリスは知っていたの!?」
「はい、お母様。王国の許可を得ず私の口から伝えることはできなかったのです。この光の玉は大きさだけでなく結界の力も聖王国にあったモノより強力でしたよ」
「す、すごい……。これで……」
「聖王国の光の玉は台座から落ちて割れたんだってな? でもコレはそこんとこ安心だぜ? なにせ、この玉は妖精様が何度も放り投げてたらしいからな。3階くらいの高さまで跳ね上げてから地面に落としていたんだと」
クレスト、他国の高位貴族にもこの言葉遣いとはまったく。言葉遣いの矯正はあまり進んでいないようですね。今は置いておきますが、後で厳重注意ですよ。
「さ、3階から落として……ッ!?」
「ククク……、これからは台座から落とし放題だな」
先々代聖女が絶句します。腰高の台座から落として祖国存亡の危機になったといいますのに、3階から落としていたと聞けばそのような反応にもなりますか。
「さて、光の玉はあります。その上で今後の対応を検討する必要がありますが、その前に」
「何でございましょう?」
「我々がこのタイミングで聖王国に介入している理由は、妖精様からの警告を受けたためです。魔女という言葉に心当たりは?」
「魔女……、それは……。違っているかもしれませんが、今代聖女で私の娘でもあるマリー。マリー・ア・ラーバレストのことかもしれません。それ以外では私に心当たりがございませんので……」
ふむ、やはり今代聖女が魔女なのでしょうか。
「まどろっこしいな、本人に訊けば一発だろ。なぁ、妖精様。魔女ってのは聖王国の今代聖女のことなのか?」
しばらくの間を置いて妖精様が頷かれました。確定しましたね、魔女はマリー・ア・ラーバレストです。これで不明点は全て解消しました。
「ふーん。じゃぁさ、その女はどうしたら良い?」
しばらくの沈黙の後、妖精様は答えられました。
「――ずっと監禁、平和!」
妖精様の言葉に場がざわつきます。
落とし所が決まりましたね。新しい光の玉を聖王国へ届け、今代聖女を監禁、生涯結界維持だけさせれば
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