224. 誤解

「ウヴォッ、カハッ、はぁ……、はぁ……」


「ちょっとちょっとちょっと、お前さん何してるんだよヤバいよヤバいよ。こちらの女性は元聖女様で公爵夫人様、それも我が王国王太子殿下の婚約者様の母君なんだぞ!?」


 王国諜報員の男が目の前で血を吐いてうずくまる先々代聖女を見て狼狽える。しかし仕方がないんだ。先々代聖女を確保した後、最初に王国諜報員と落ち合った小屋まで先々代聖女を担いできたのだ。透明化が切れる前にあの場から立ち去るには急ぐ必要があった。彼女に多少負荷をかけてしまったのはどうしようもないじゃないか。



「ちょっと失礼しますよ……。これは不敬じゃぁありません、容体確認ですから、容体確認ですからね?」


 諜報員の男は先々代聖女の背中をさすりながら彼女の状態を確認していき、そして天を仰いだ。


「あちゃー。折れてるぞ、骨。……仕方ない、1つしかないがとっておきを使おう」


 そう言って諜報員の男は狭い小屋の隅をあさり、1つのポーション瓶を取り出した。あれは妖精様のポーションだな。以前見たのは夏頃だったか……、スタンピードからまだ半年程しか経っていないというのにずいぶん懐かしく思える。


「飲めますか? いけます? お……、よしよし」

「ゴフッ、ゴク……、ゴク……、ふぅ」


 良かった、どうやら回復したようだ。この効き目、本物に間違いない。であればもう彼女の容体に問題はないだろう。なにせこのポーションは瀕死の人間でも普段以上に元気になるからな。


 しかし困った。このまますぐに王国へお連れできれば良いんだが、彼女には2日程この小屋に隠れて生活しながら転移の魔道具を使えるようになってもらう必要がある。元聖女の公爵夫人がこんな狭い小屋で男2人との生活に納得するだろうか。……しないだろうな。



「ありがとうございます、精霊様。落ち着きました」

「精霊様? 俺、いや私は人間ですぜ?」


 即座に諜報員の男が否定する。そう言えば今代聖女も精霊がどうのと喚いていたな。もちろん俺も精霊などではない。俺も否定しなければ……。


「では、こちらのお方のみが精霊様でしたか。さすがは精霊様ですね。目にも止まらぬ速さに透明になれる魔法、そして血を吐くような不調も全快させる治癒能力。改めてお礼申し上げます。助けていただいてありがとうございました」


「あ……、う」


 すごい罪悪感だ。助けたのは事実だが、彼女の所へあの大柄な男を誘導したのは俺、そして彼女が血反吐を吐くことになったのは俺が担いで走ったからだ。

 いやいや、それはひとまず置いておこう。まずは精霊であることを否定しないと後々ややこしいことになってしまいそうだ。


 しかし……、このまま精霊と誤認させておいた方が残りの2日間は話がスムーズに進むかもしれない。公爵夫人が庶民出の一冒険者の言うことなど聞きはしないだろうが、これが精霊だったならどうだ? 素直にこちらの指示に従ってくれそうな気がする。どうせ王国へ送り届けてしまえば2度と会いはしないのだ。少しの誤解が何だというんだ。



「精霊様、いかがなさいましたでしょうか?」


「……今後の指示だ。まずは状況を、詳しく話してもらう。そして、今から2日間で、……この魔道具を使えるようになってもらう」


「――承知致しました」


 妖精様も精霊みたいなもんだ。俺はその妖精様の使いでここに来ているようなものだし、それに俺は自分が精霊などとは一言も言っていない……。だまして悪いが、これも仕事なんでな。



「え? ちょ、大丈夫か? なんでお前が命令口調で元聖女様が敬語なんだ? まさかお前さん、ほんとに精霊だった?」


 なに馬鹿なことを言っている。俺は人間だ。だがここでそれを言ってしまえば彼女にも聞こえてしまうな……。まぁ良いか。どうせ聖王国なんて2度と来ない。この男ともあと2日だけの付き合いさ。なにせ俺はこの男の名前すら知らないままだ。


 ふぅ、なんとかなりそうだな。後はのんびり帰りを待つだけか。


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