223. 確保

 何が面白い話だ。聖女の依頼に参加した俺はすぐに後悔した。これは失敗しても成功しても最終的には殺される類の依頼だぞ。


 街外れの教会に集まった俺以外の2人の冒険者は、聖女が掲げた怪しげな魔法陣の描かれた羊皮紙を見たとたん様相を一変させたのだ。

 これは洗脳か? どうやら先程飲まされた茶も関係ありそうだな。しかし洗脳とはこんなにもすぐに効果が現れるものなのか? 俺も傍から見るとこの2人のようになっている?


「さて、アナタ達は私に絶対服従よ。良いわね?」


「あ……、はい」

「はい……」

「……」


 俺には効いていないようだ。そう言えば妖精茶を飲むと洗脳の類にかからないと聞いた覚えがある。しかし妖精茶を飲んだのなんて秋頃だぞ? 未だに効果があるというのか? それとも妖精様に体を強化されたから? それだと夏頃に食べた果物が原因だからもっと効果が長いことになる。さすが妖精様だ。


 その後の会話で、集まった冒険者の1人は他国の諜報員だったと分かった。そして今代聖女が先々代聖女を明日殺そうとしていること。そのついでに俺も殺すつもりらしいこと。どうやらこの洗脳は非常に強力なモノらしいこと。なかなかに厄介だ。



 王国諜報員にこのことを知らせ、翌日俺は聖女の指示通り街外れで待機した。妖精様の狙いはおそらく聖女の暴走を止め、先々代聖女を救出することなのだろう。


 転移の魔道具を2つ渡された理由がようやく分かった。先々代聖女も王国に転移させてこいということだ。しかし問題は、常人では転移の魔道具を使用するには訓練が必要だろうということだ。

 期限は5日間、今日は3日目……。先々代聖女を今日確保して、残り2日で転移の魔道具を使えるようになってもらうしかない。



 しばらくすると大柄な冒険者が今代聖女の指示通り俺を殺しにきた。聖女の殺害よりも俺の殺害指示を先に出していたから、まず俺を殺しにくると思っていたよ。一応念のため、先に先々代聖女の方へ襲撃に行っていれば、王国諜報員の男が合図をくれるようにはなっていた。



 操られているだけのこいつには悪いが利用させてもらう。こいつを先々代聖女のもとへ誘導し、先にそちらを襲わせる。

 今代聖女のミスは、俺と先々代聖女を殺す順番を明確に指示しなかった点だ。殺害順番は指示されていないのだからこの男も殺しやすい方へと行くだろう。それを助ける形で先々代聖女を確保すれば向こうの信頼も得られやすい。そして周りも誘拐したなどと思わない筈だ。


 先々代聖女の位置は王国諜報員の男が把握しており、昼過ぎになればその位置を知らせる合図がある。それまで適当にこの男を連れまわすか……。




 昼過ぎ、小さな炎魔術が打ち上げられた。合図だ。常人ではほぼ気付けないだろうが、妖精様に強化された視力なら見逃さない。先々代聖女とやらはあそこか。


 上手く大柄な男を誘導することができた。しかしこれまで上手く事が進んでいたというのに、ここで想定外が起こる。なんと今代聖女もその場に居合わせているのだ。関与を疑われないようにわざわざ日時をずらす指示を出した首謀者本人が、まさかその決行日に殺害対象に接触しているとは予想できる訳がない。あの女は馬鹿なのか?


 しかし、もう予定変更できないぞ。大柄な男は既に先々代聖女に向かっていっている。出ていくしかない状況だが、今代聖女に俺が生きていることは知られない方が良いだろうな。なんとか今代聖女に勘付かれずに先々代聖女を確保するしかない。


「おらぁッ!」


 ――キンッ


 男の斬撃を剣で弾く。俺は透明化の魔道具を発動させ先々代聖女を守った。しかしこの透明化の魔道具、透明になっていられる時間には制限があるらしい。1撃2撃防いですぐに離脱して、1度透明化を解除するしかない。大柄な男を良い感じに仰け反らせ、連撃を加えられないようにして離脱……。


 透明化の魔道具の再発動には少し時間をおかなければならないが、2つある魔道具を交互に使えば問題ない。1つは妖精様がエネルギアから持ち帰ったモノ、もう1つは秋に王女殿下がエネルギア兵から奪い使っていたモノだ。



「ちょっと! なによそれ!? 結界じゃないわよね!? アンタが光の玉なしの通常結界が苦手だってことも、こっちは知ってるのよ!」


 あまり長くこの状態を続けるとボロが出そうだな。勘付かれる前に先々代聖女を確保して離脱したいが……、力加減が難しい。日常生活には問題ないが戦闘中ともなると少し力むだけで相手を殺してしまいそうだ。まぁ、それも慣れてきたか……。次で決める。



「なによ! 精霊なんて居ないと言っておきながらアンタ自身は精霊に守られてるだなんて! どいつもこいつも私を馬鹿にして! 早くそいつを殺しなさい! 殺せ!」


「うおりゃぁッ!!」

 ――キンッ ドカッ!


 大柄な男の斬撃を弾き、今代聖女の方へ蹴り飛ばす。そして先々代聖女を担ぎ上げた。


「なっ!? ちょっと精霊! その女をどこに連れていくつもりよ!?」


 大柄な男と共に倒れ込んだ今代聖女が何かを喚いている。精霊? 何を言っているんだ? いや、疑問は後回しだ。透明化が解ける前にできるだけ離れなければ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る