220. 面白い話

「いやぁ、このタイミングで来てくれて助かったぜ」

 王国の諜報員だという男が人懐っこい顔で言ってくる。情報通り聖王都内の小屋で目的の諜報員と接触することができたのだ。



 王都を発ってから翌日の朝、意外と早く聖王都にたどり着くことができた。リアセイント聖王国はファルシアン王国やサルディア帝国に比べるとかなり小さい。とは言ってもこれだけ早くたどり着くことができたのは、やはり妖精様の加護のおかげだろう。


 聖王都内の小屋と言っても聖王都には街壁などは存在しないため、どちらかと言うと聖王都に近いだけでここは街中まちなかではない。街壁などの防衛目的のモノが存在しない理由は今まで国全体が結界に守られてきたからだろう。



 ここに至るまでに色々と分かったことがある。まず分かったのは、地元民からは情報を得るのは非常に困難だということだ。そのため途中の町や村はほぼ素通りするしかなかった。


 次に分かったことは、結界がなくなった聖王国に非常に多くの余所者が入り込んでいるということ。興味本位で入り込んだ冒険者や、商機を掴もうとしている野心的な商人、そして俺のような国のヒモ付きだ。


 どうやら急に増えた余所者を警戒して、地元民は見知った顔以外の者とはほとんど交流していないらしい。そのため話下手な俺が地元民から情報を引き出すことはほぼ不可能だった。地元民同士の会話に聞き耳を立てても、結界が消えたことに対する不安と余所者への不快感しか話していなかったからな。


 しかし、目の前の諜報員の男は結界が消える前から聖王国に入り込んでいたらしい。聖王国に対する悪意が無ければ結界があっても入れたとのことだ。

 結界が消える前から聖王国に居たのであれば、情報もそれなりに仕入れているのだろう。



「……で、どういう状況だ?」

 小さな小屋内で向かい合って座る諜報員の男に問う。


「まずお前も知っての通り聖王国を覆っていた結界は消えた。そして余所者が流れ込んできている。それだけじゃない、間もなく戦争が始まりそうだ。本国にも複数経路で報告を送ってはいるんだがな、まぁ、届くのはだいぶ先だろうよ」


 男は人差し指でトントンと机をコツきながら、それほど深刻そうではない顔で軽く話しだした。男の明るい表情と話の重さとのギャップに混乱する。


「……なんだって? 間もなく戦争?」


「聖王国はほぼ円状の形をしている。半球状の結界内だけを領土としていたからだろうな。それで、まわりを3国に囲まれているんだ。その接している1つが帝国だな」


「……ああ」


「で、この周辺3国の中で最も強かった帝国は今、王国に負けたばかりで混乱している。すぐには戦えないだろう。そんな中、3国に挟まれた聖王国の結界が消えた。他2国にとっては領土を広げる絶好のチャンスって訳さ」


 ……なるほど。


「この2国は国境に戦力を揃えてるところだ。戦争は予想していたが開戦は春まで待つと思っていたんだがなぁ。この調子じゃ年明けすぐに開戦かもしれん」


 年明け開戦なんてもう20日もないじゃないか。どうすれば良い?

 ……いや、俺の役目は情報を王国に持ち帰るだけだ。対処は王国のお偉いさんが考えるだろう。話を聞いて転移で帰ればそれで依頼達成さ。


 年明けに聖王国は2国から攻められる状況なのは分かった。その原因が、結界が消えたことなのもだ。じゃぁ何故結界は消えた? やはり聖女が国を出たからか?



「結界は……、何故?」


「何故結界が消えたかって? それが全く分からんのよなぁ。今代聖女の力不足って噂や先代聖女が意図的に細工したって噂、色々な憶測が飛び交ってるよ。結界が消えた原因はファルシアン王国にあるって噂まである始末だ」


 結界が消えた原因が王国にあるだって? 先代聖女が王国に行ったからそういう憶測が出てきたのだろうか。まさか本当に王国に原因がある訳じゃないだろう。


「隠居していた先々代聖女が戻ってきたなんて話もあるぞ。おそらく結界の張り直しを行うんだろうさ。……で、ここでちょうどお前さんにピッタリの面白い話がある」


 男はトントンと机をコツいていた指を俺に向けてニヤリと笑う。どうやらこのまま帰って依頼達成って訳にはいかないようだ。無言で見つめ返すと男は説明を始めた。



「今代聖女さまがな、冒険者を集めているらしい。秘密裏にな」


 そう言って男は、俺に向けていた指を口に当てる。

 聖王国に冒険者ギルドはない。なのに聖女が冒険者を集めてるだって? 確かに周辺国から聖王国に冒険者がそれなりの数入り込んでいるが……。結界の張り直しに冒険者が必要なのだろうか? 例えば何か希少な素材が必要とか……。しかし秘密裏とは……。


「冒険者を集めるのに……、秘密裏なんてできるのか……?」


「ああ、集めているのが聖女だってのは極秘だ。そこそこ危ない橋を渡って得た情報だから間違いないだろうさ。冒険者を集めている理由は分からんが、参加すれば結界に関して何か情報を得られるんじゃないか?」


 俺の勘では、この話は危険過ぎる。だいたいギルドを通さない依頼なんて碌なことがない。しかし結界の消えた理由を知らないまま帰還するのもなんだかスッキリしない。それに危険になれば転移で離脱できるのだ。参加した方が良いように思う。


 そうか。この状況、おそらく妖精様の想定どおりなのかもしれない。お酒マンが俺を指す呼び名なのであれば、結界の調査に俺を指名していたってことになる。今代聖女が冒険者を集めているから、このタイミングで冒険者である俺を聖王都に向かわせたのだ。そう考えれば謎だったお酒マン発言にも納得がいく。



「……分かった」


 俺は聖女の依頼に参加するため、その日の内に男から知らされた場所へと向かった。今日は王都を出て2日目、あと3日しかないが……、妖精様の想定どおりなのであれば問題なく話が進むのだろう。


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