219. 移動
う、これが転移の魔道具か……。
王国から聖王国付近に転移した。これは常人なら訓練しないとなかなか上手く使えないだろうな。ぶっつけ本番で俺が問題なく転移できたのは妖精様の強化のおかげに違いない。
まず転移しようとすると行き先の候補が頭の中に流れてくる。まるで他人の思考に自分の頭が浸食されるような気分で、慣れないと転移先の選択すら大変だ。
さらに転移直後は一瞬体がブレる。転移元と転移先の地面の傾きの違いなどが原因だろう。妖精様に強化された体だから気付けたが、普通なら少し酔うに違いない。
さて、話によればこの林から少し北に行けば帝国最東端の町がある筈だ。そこからさらに東に行けば聖王国。
王都での情報収集ではあまり有用な情報は得られなかったからな。まずは帝国の町で情報収集するか。その後聖王国へ入り、王国の諜報員という男に接触して情報を得る。それで今回の任務はほぼ終了だ。後は冒険者ギルドや酒場で適当に一般大衆の認識を調べて帰るだけ、簡単だな。
一応は潜入任務だから装備は軽装だ。荷物も極力減らしてある。聖王国に行くということで、怪しまれないように急いで集めた帝国製装備だ。王国が帝国から様々な物を接収したとかで、王都ではそれが安値で出回っていたのは助かった。使い古された中古品だから新品で目立つということもない。本来なら装備を替えた直後は動きが鈍るのだが、妖精様の強化のおかげでそれもない。
もちろん魔力が目立つという妖精剣は持ってきていない。特筆すべき装備と言えば、転移の魔道具と透明化の魔道具だけ。
この転移の魔道具は膨大な魔力が込められているらしいが、これを持って王都の魔法職何人かに近付いても不審がられなかった。おそらく妖精剣ほど膨大な魔力が垂れ流されているといったことはないのだろう。どこかに潜入することになったとしても支障はないと思う。
順調に北に進み、帝国最東端だという町を見つけることができた。しかし聞いていた様子と少し違うようだ。国境付近にしては長閑な町だと聞いていたのだが、遠目に見ると帝国兵らしき集団が街に防壁を作っているのが見える。
帝国兵に見つかるリスクを避けるために町には寄らずそのまま聖王国を目指そうかとも思ったが、この状況の理由を知らずに進むのはまずいかもしれない。あの町にも冒険者ギルドはあるらしいから、とりあえずギルドで情報収集すべきか。人と話すのは苦手なんだがなぁ……。
「なんで町に防壁を作ってるかって? お前そんなことも知らねぇでここに来たのかよ。そりゃ、聖王国が戦争になりそうだからに決まってるじゃねぇか」
ギルド内にいた適当な冒険者に声を問うとそんな応えが返ってきた。
「戦争? 帝国と聖王国がか?」
「ちげーよ! ファルシアンに負けたばっかのこの国がまたすぐ戦争なんてできるかよ。聖王国と、聖王国周辺の色んな国とだ。知らねぇのか? ちょっと前から聖王国の結界が消えたって大騒ぎなんだぜ?」
「あー、なんだ……。ちょっと西の方から来たばかりでな……。だから今情報収集してるってところだ」
冒険者なら移動直後に情報収集をするのが普通だ。情報収集をしていると言ってもまさか俺が王国の間諜的な任務に就いているとは思わないだろう。
「なんだお前、帝都から来たのか? ふーん。お前が移動中にこの辺の状況はガラッと変わっちまったぜ」
そう言って男は中指と親指で指を弾く動作をする。帝国東側の冒険者が金を要求するときにする仕草だったか……。王城から帝国の貨幣も用意されている。俺は帝国銅貨を数枚、男が座っているテーブルに置いた。
「もう1枚」
追加で2枚置いてやる。
「ふん、聖王国は農場に適した土地らしいって話だったからな。前々から周辺国は聖王国の土地が欲しかったらしい。それには結界が邪魔だったんだが、ちょっと前に結界が消えた。冬になった頃からちょっとずつ弱まってたらしいんだがな。で、その戦争に巻き込まれないように防壁を作ってるって訳さ」
「……なぜ、結界が消えたんだ?」
「ああ? そんなこと知るかよ。噂じゃ聖王国の聖女がファルシアンに取られたって話じゃねぇか。聖女が居なくなったから結界が張れなくなったんだろ? まったく最近のファルシアンは滅茶苦茶やってくれるよな」
男が面倒そうに答える。聖王国のことはよく知らないが、結界が消えたのは
「次代の聖女は居ないのか? いくらなんでも代替りのあてもなく聖女を外に出さないだろう?」
「知らんて。そもそも聖王国は今まで結界に阻まれ情報なんてほとんど入ってきてなかったんだ。すぐ隣にあるっつっても、なんかよく分からん国ってのが正直なとこなんだよ」
「……そうか。……その周辺国の戦争ってのは、いつ起こりそうなんだ?」
「さぁな。普通に考えたら春のガルム期じゃねぇの?」
男の態度がどんどんと適当になっていく。これ以上の情報はこの男からは取れないか……。
「……そうか。ありがとう、春前には出ていくことにするよ」
「ああ、そうしろ。その方が良い。聖王国に入るなら今しかない、珍しいモノが手に入るかもとか言って何人か聖王国に行っちまった奴らも居るがな。下手に近付かねぇ方が良いって。あー、俺も西へ移動すっかなー」
その後も情報収集を続けたが、結界があったため検問も何もないらしいということが分かっただけで結界が消えた理由などは分からなかった。地図で聖王国周辺を確かめても聖王国内は白紙、半球状の結界らしき絵が描かれているだけだ。
俺は宿には泊まらずそのまま聖王国を目指す。以前は結界が国境を示していたらしいが、結界が消えた今よそ者の俺にはどの辺りが帝国と聖王国の境なのか判断できない。しかし問題はないだろう。
次の町に着けば、そこは聖王国内だ。
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