199. 懇親会
私が西の地から戻ると、アーランドお兄様の婚約者となられる女性が既に王城に居られた。
事前に来られるとは聞いていたため驚きはしなかったが、なんだか複雑な心境になる。上の兄だけでなく下の兄にも婚約者の話は幾度となく出ていたのだが、実際にそのお相手とこうしてお会いするのは初めてなのだ。
今はまだ婚約者候補という段階だが、王国から打診した上に候補は1人きりのため、ほぼ確定のようなものだろう。
午前の謁見準備後に、午後1番で彼女の謁見が執り行われた。私は王族として参加する。
普段の謁見はお父様だけで対応されることが多く、稀にお母様やアーランドお兄様も対応されることがある。しかし私が王族として参加することなど滅多にない。立っているだけで良いのだが慣れない気持ちでいっぱいだ。
謁見の
聖王国の聖女は大規模な結界を1人で張り国を守る重要な役職らしい。つまり、彼女はこれまで誰よりも国に貢献してきたのだ。私も彼女のように国に貢献できるような人間になりたいと思う。少なくともお荷物にはなりたくない。
聖女様は跪く前にさり気なく周りを観察され、お父様に多少の驚きを感じたようだ。私ともチラリと視線が合ったが特にリアクションはなかった。どう思われたのか分からず多少不安になる。幻滅されてはいないと思うのだが……。
その後、謁見は滞りなく終わった。この国の王太子殿下と婚約するとは言ってもまだ確定ではない。ほぼ確定のようなものだが公式ではまだ決定事項ではないのだ。
そのためか国への忠誠を誓うといった儀式も特に無く、本当にただの顔見せだけで終わった。
この後は懇親会のようなお茶会が予定されている。お父様は多少面倒くさがりな気性があるため、本心では謁見など行わず懇親会だけ行いたかったのだろう。一応の筋を通すために形だけの謁見を執り行ったに過ぎないという気がする。
謁見後は1度解散し、お色直し後に再び王族と聖女様で集まった。気付けば妖精様も居られる。いつの間にかテーブルの端に小さな椅子を置いて座られていたのだ。慌てて妖精様付き侍女を呼び妖精様のお茶を出す。今のところ、妖精様の小さなカップにお茶を注ぐ技術はシルエラにしかない。
「おっと」
突然、クレストお兄様が立ち上がられた。見れば床から槍が飛び出ている。そして、槍は何事もなかったかのように引っ込んだ。出てきた跡すらない。なるほど、妖精様がクレストお兄様を勇者として鍛えているという話は聞いていたが、こういうことか。
お兄様を鍛えて妖精様はどうするおつもりなのだろう。いったい妖精様にはどのような未来が見えているというのか、皆目見当がつかない。
聖女様に視線を移すと彼女はギョッとしていた。突然王族に向けて槍が飛び出したのだから、これが普通の反応なのかもしれない。聖女様以外は既に日常の一部として受け入れてしまっているのだけれども。
さすがにホールのドラゴンには驚いたものだが、今更兄の足元から槍が出てきたくらいでは驚きもしない。もし負傷したとしても妖精様が治癒される筈だという安心感もあるのだから。
驚いて固まっている聖女様にアーランドお兄様が笑いかけ、平常心を取り戻した聖女様と笑いあった。あれ? これはもしかして、既に結構良い雰囲気なのかも?
「気を張る必要はない。無礼講で
「ありがとうございます、陛下」
懇親会は多少の雑談を交えつつも、主な会話は報告会のような内容となってしまった。
何しろ王族全員がこうして集まってお茶会のような場を設けるのは、私が物心付いてからは初めてのことなのだ。そして今は王国滅亡の危機を乗り越えたばかり。それぞれの状況は既に周知されているが、心情や印象など報告書に書かれていないこともある。
それに、妖精様や聖女様との情報共有という意味合いもあるだろう。
「予定通り帝国兵捕虜は、王城で捕らえていた者達とエルンの森の捕虜も合わせて返還してきました。その身代金として受け取った貴金属類は、とりあえず宝物庫に入れてあります」
アーランドお兄様がそう報告する。
「分かりました」
「そうか、あとはあの第2皇子のみだなぁ」
帝国の第2皇子と言えば聖女様の妹の元婚約者だった筈だが、今はまだこの城の地下に捕らえられているらしい。帝国へはこちらの要求を提示したらしいので、後は帝国からの回答次第で扱いが変わる。おそらく春には帝国に返還することになるのだろう。
帝国第2皇子にも一応の身代金を掛けているらしいが、実は金銭的なモノなど既に割とどうでも良くなっているらしい。
すでに妖精様のおかげで王国は相当潤っているようなのだ。少し以前の食べる物にも困った時期を考えると凄い変わりようだと思う。
帝国への1番の要求は王国へ侵攻しないこと、そして王国侵攻を推進していたらしい現大臣の退任である。裏の要望としては東側諸国の侵攻があれば王国の盾となること。それ以外は割とどうでも良いと皆が考えている。
エネルギアから救出した難民の受け入れ要求などもしているそうだが、断られたとしても今の潤った王国ならどうとでもできるのだから。
今は帝国よりもエネルギアに注力すべきなのだ。
「例の冒険者が埋め戻したというトンネルも確認しましたが、完璧に埋め固められていましたよ。あれをもう1度掘り返すなら新しく掘った方が早いでしょう」
「へぇ。あの冒険者、やっぱかなり優秀だよな。引き抜きたいくらいだぜ」
「よしておきなさい、クレスト。アレを冒険者のままにしておくことで他国からの目を逸らしている面もあるのですよ」
「はいはい」
例の冒険者はクレストお兄様と一緒に帝国軍へ突撃したと聞いている。クレストお兄様はその冒険者を相当気に入っているのだろう。礼儀や仕来りに無頓着なクレストお兄様なら、許可が出れば側近にまでした可能性もある。
王国は今、力を持ち過ぎていると周辺諸国から認識され始めているという。そのため国として危険視されないように、大きな力を持つ冒険者を王城に取り込むことは難しいのだろう。
冒険者個人が力を持っているだけなら他国の危機感は王国ではなくその冒険者個人に向く。とは言っても、その冒険者はお母様の紐付きのような扱いらしいが……。その辺り、お母様はちゃっかりされているな。
「ティレスはどうだったのです? 東よりもむしろ西の方が大変だったと思いますよ」
お母様の話題転換で私の報告の番となった。
「はい。西の被害は甚大ですが、負傷兵は全員、妖精様のポーションで全快できました。そして……、やはり死者には効きませんでした」
予想はしていたが、妖精様のポーションを用いてもやはり死者蘇生などは行えなかったのだ。妖精様をチラリと見るが、妖精様は無反応だった。
「当主を失った貴族家の代替わりも全て済ませてきました。また、妖精様がご用意されていたダミーの魔剣5本のうち、帝国から回収できていなかった3本をエネルギア軍との戦場跡で回収できました。今は宝物庫に入れてあります」
「やはり、子ども達から魔剣を奪った魔術師のような剣士はエネルギアの者だったようねぇ」
前冒険者ギルドマスターの証言が正しいなら、その男は既に死んでいるだろう。ガルム期の初日に私を含めた辺境伯一行を襲った襲撃者に紛れていた男だ。
その男は襲撃現場から転移で逃げたが、逃げた先はエネルギア首都にある怪しい施設内だったらしい。そしてその直後に前冒険者ギルドマスターに殺されたことになっている。
「エネルギアに関しては、これ以上の情報は調査団の報告を待つことになります」
ドラゴン召喚儀式を行っていたと思われる召喚陣の周りにいた人物達も、今はまだ行方が分かっていない。
「分かりました。南へは使者を出しています。帝国を抜けてその東側諸国へもね。エネルギアの非人道的な魔術実験と人攫い行為を喧伝し、王国の正当性を主張する必要がありますからね」
「ああ。今回の戦争はあくまでもザルディア帝国とエネルギア王国の侵攻であり、我々ファルシアン王国はかかる火の粉を払ったに過ぎないのだ。そのため周辺諸国から非を指摘され攻められるようなことには、すぐにはならぬ」
珍しくお父様が発言された。ちょっとびっくりしてしまう。
「しかし、王国は力を持ち過ぎたと認識されるだろう。妖精様のお力に加え、エネルギアの秘術を手に入れたとね」
聖女様以外の全員の目が妖精様に向くが、妖精様は我関せずでパイを食されている。器用に魚とパイを分離して、それぞれ別々に楽しまれているようだ。
「今後王国は周辺諸国から間違いなく危険視されるが……、まぁ、おいおい考えていこうではないか。硬い話はここまでだ。まずはせっかくのパイでも楽しもう。それに、エフィリス殿の話も聞かせて欲しいぞ」
ああ、お父様が何故唐突に発言されたのか理解した。硬い話を終わらせたかったのか。お父様の会議嫌いは相変わらずらしい。お父様の言葉を受けて皆しばしパイを食すことになった。
「ぶはっ」
あ。聖女様、パイの中の魚に到達されたな。
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