200. 魔力量

 甘いパイから突然生臭い味がして、私は思わずむせてしまいました。嫁ぎ先の王族が揃っている中でこの失態、恥ずかしさに消えてしまいたいくらいです……。


 これは、パイの中に魚が入っているのですか。この生臭さからして川魚でしょう。なるほど、蛮国と呼ばれる理由はこの国の料理にもあるのかもしれません。使う魚を海魚に替えるか、川魚でも下拵えをしっかりすればもっと美味しくなるでしょうに。


「あはは。事前に説明していなかったのは悪かった、すまないね」

アーランド様が苦笑しつつ話しかけてこられます。


「いえ、こちらこそ失礼しました」


 まわりをそっと観察すると、皆あまり美味しそうにはしていないことが分かります。第2王子なんて露骨に不味そうにしておられますね。

 第2王子殿下からは活発そうな印象を受けました。帝国と第一線で戦っていたそうですので実際に活発なかたなのでしょう。庶民に王子様のイメージを問えば彼の様な人物を挙げる、そういった絵本の中の白馬の王子様のような雰囲気です。彼が勇者なのだと言われれば、多くの者はなるほどこちらが勇者様かと納得できてしまうでしょう。


 朝からの謁見と今の懇親会を経て、ようやく私は王国に関して少し理解ができてきたかもしれません。

 国王陛下の第一印象は、非常に王様らしい王様といったところです。威厳のある風貌で、庶民に王様のイメージを問えばこれまた多くの者がこの国の国王陛下のような容貌を挙げるのではないでしょうか。しかし失礼ながら、鳥に乗ってドラゴンを討伐された英傑にはとても見えません。


 そして王女殿下はお可愛らしく、内向的なかたの様に見えます。こちらも、とても敵軍に単身突撃してご自身ごと焼き払われるような突飛なかたには見えませんね。


 しかし見た目に騙されてはいけないのです。先程など、第2王子殿下が突然槍に襲われました。しかし驚いたのは私だけの様です。すぐに槍は引っ込み、第2王子殿下は何事もなかったように再び着席されたのです。誰も驚かない、何も指摘しない、リアクションすらありませんでした。あれが日常ということなのでしょう。


 この国が蛮国と呼ばれていた理由、そして戦力差をひっくり返して帝国に勝利した理由が徐々に理解できてきました。王族からしてこのような鍛錬を日頃から行っているのです。国民もさぞ鍛錬に熱心なことでしょう。戦闘民族、間違いありません。

 この先、私も突然の槍に襲われるようなことになるのでしょうか? 私には避けられませんよ?



 懇親会ではこの国の近況が話し合われました。この国でやっていくには状況を把握しておく必要があり、交わされる会話を聞き逃すべきではありません。

 しかし、集中して聞いていてもなかなか聞き取りできませんでした。所々発音に違和感があったり知らない言い回しが出てくるのです。

 カエラに聖王国訛りと言われた私の言葉は、思った以上にこの国の言葉と異なるのかもしれませんね。妖精様との会話があまり成り立たなかった理由も納得できました。



「ところでじゃ、エフィリス殿は聖国ではどう過ごされておったのかな?」

 むせてしまった私に国王陛下が気を使われたのか、話題を変えて私に質問してくださいます。


「ご存じのことと思いますが、聖国では領土を大きな結界で覆い外敵から国を守っております。私はその結界の維持が役目でした」

 まだ国を出てから四半期も経っておりませんが、ずいぶんと昔のことのように感じます。


「しかし1日中結界を維持する作業のみをしておった訳ではあるまい? その他の時間は何をしておったのじゃ?」


「聖女と言やぁ、癒しの力で民の病気や怪我を治してまわってるイメージだな。実際にそんな活動をしていた聖女の話を聞いたことがあるぞ」


「確かに、第2王子殿下がおっしゃられるとおり一般的な聖女のイメージは癒しの力なのでしょう。しかし私には扱えません。私には本当に結界の維持しか能がないのです。その結界も、聖国にある光の玉がなければ数人を守る小さな結界がせいいっぱいの有様……」


 改めて自己評価を行うと少し悲しくなりますね。光の玉のない私など、本当に何の役にも立たないような気がしてきました。


「あまり自身を卑下するものではありませんよ。何かあるでしょう? 聖女という唯一の地位に就いておられたのですから」


 王妃殿下の言葉に私は考えさせられます。自身の強みですか……。


「そうですね、結界の維持には莫大な魔力が必要でしたから、魔力量だけは人よりも多い自信がございます。なにしろ結界維持と王妃教育以外では、魔力量を上げる修行しか行っておりませんでしたから」


「魔力量を上げる修行!? 上げられるのですか!? 魔力量を後天的に!?」


 王女殿下が予想以上の反応を見せられました。それ程驚かれるようなことはないと思うのですが……。

 突然の大声に驚かれたのでしょう、妖精様も食べるのを止めて顔を上げられています。


「エフィリスさん、人が持つ魔力量は生まれた際に決まり後天的に増やすことはできないというのが一般的な認識なのですよ。もし本当にあなたが日々魔力量を増やしていたと言うのでしたら、その方法は聖王国の秘術でしょう。軽々しく口に出さない方が宜しいでしょうね」


「そんな!? 教えて欲しいです!」

 王妃殿下の言葉に王女殿下が可愛らしい瞳を見開かれ、鬼気迫る勢いで身を乗り出されます。なるほど、物静かな方だと思っていましたが、芯のところは戦闘民族ということなのでしょう。


 しかし魔力量増加の修行が聖王国の秘術とは本当でしょうか? クロス聖王太子殿下はこのことを知った上であんなにも簡単に私を国外へ出したと言うのですか。



「私は最近魔術が使えるようになりました。しかし魔力量が少なく継戦能力は低いと評価されています。魔力量が上げられるのなら継戦能力を上げられます!」


「これティレス、あなたは王女なのですよ。継戦能力など上げてどこの前線へ赴くつもりですか。それに戦争ももう終わったのです」


「そんな!?」


 王女殿下の印象は第一印象から大きく変わってしまいましたね。王妃殿下が呆れた顔をされております。しかし、これは仲良くなるチャンスなのではないでしょうか?


「私は構いませんよ、王女殿下の魔力量増加をお手伝いしても。聖国では特に門外不出だと注意された覚えもありませんし」


「お、じゃぁ俺もお願いしようかな」

私の了承に第2王子殿下も便乗されました。


「何を言っているのです、あなたは駄目ですよ。これまでずっと勉強をほっぽり前線に出ていたではありませんか。遅れていた教育を取り戻すまでは勉強漬けになってもらいます。その崩れきった言葉使いも直してもらいますからね」


「げぇ!」

「では、私は良いのですね!」


「はぁ……。エフィリスさん、本当に良いのですか?」

「ええ、構いません」


「やった!」

「ティレス、それ以外がおろそかになるようならすぐに止めさせますからね」

「はい!」


「妹が迷惑をかけるね」

「いえ、アーランド様。これも仲良くなるチャンスですので」

 こうして私と王女殿下の魔力増加の修行が始まるのでした。



 ちなみに、気付けば妖精様は居なくなっておられました。妖精様に付いていた侍女が遠い目で窓を見つめているのが印象的です。きっと彼女も相当な苦労をしているのでしょう。


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