188. 西の復興

「お……、な、治った!」

「おおっ!? 本当に腕が生えたぞ!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「良かったですね」


 西の辺境伯都にて負傷兵の治療を視察に来ている。王女の慰問など治療に何の効果も無いのだが、多少なりとも喜ばれ元気になってもらえれば嬉しい。


 辺境伯都はこれで4度目。先のエネルギア戦で大きな被害が出ていたため、負傷兵の治療を目的に妖精様ポーションを持って引き返してきたのだ。今は、簡易の治療院として大きめの倉庫に詰め込まれていた大勢の負傷兵が妖精様ポーションで治療されている。



 着々と負傷兵が全快していく様を見ているため、周りの者達の今の表情は明るい。しかし、西の被害はかなり不味い状況だ。幸い辺境伯様は生還なされたものの、多くの周辺貴族家当主や跡取りが戦死した。早急に代替りを済ませ領地経営を安定させる必要がある。


 エネルギア軍が辺境伯都に迫った際に援軍で駆け付けた貴族私兵が、魔術師クソジジイの大魔法により一瞬で壊滅していたのだ。辺境伯様はその前の砦戦で既に負傷されていたため、後列に留まっていたことが幸いして生還された。しかし援軍の前列で生き残った者はいない。そこには貴族家当主や跡取りも居たというのに。


 平時ならば貴族の代替りは王都で国王陛下から叙任を受けるが、被害が大きい貴族家が王都まで行くことは困難だろう。さらにできるだけ早く代替りを済ませる必要があるが今は冬、春まで待っていればそれだけ混乱が長引いてしまう。しかも、そのような状況の貴族家が非常に多いという異常事態だ。王都は王都で様々な問題を抱えている。そのため、私が国王陛下の名代として西の地の叙任を執り行うことになっている。



 このような壊滅的被害を受けた場合、人々の不満はその場にいた最も高位の者へ向く。今回の場合は王族である私だ。そのため、今回の訪問では相当嫌われているだろうことを予想して心構えしていたのだが……。


「王女殿下は我らの女神だ」

「ああ、本当にな」


 どうやら杞憂だったらしい。単身敵中に突撃して、自身を囮にエネルギア軍の上層部と主要部隊を丸ごと焼き払ったことが評価されているようだ。


 あのとき、上層部と主要部隊を丸ごと失ったエネルギア軍はそのまま敗走した。こちらにも余裕がなかったため追走はせず捕虜も取っていない。

 後から聞いた話では、非道な手段で魔力を作り出していたエネルギア国内の施設が機能不全になっていたことも、エネルギアがすぐに敗走した一因らしい。


 今回は同行させていないが、シルエラも大人気だ。なにせ多くの貴族家当主や跡取りの仇である憎き敵軍に大魔法をお見舞いして勝利に導いたのだから、当然だろう。



 それでも、人が死んだのだ。全くのしこりもなくみなが私に優しく接することが不思議だった。特に当主や跡取りを失った貴族家の者からも恨みを買っている様子はない。その疑問に、魔術師団長は妖精茶の影響だろうと答えてくれた。


 戦後、たとえ勝利したとしても普通は被害の差により、その後長く国に怨嗟が残るという。それが全くないのは妖精様が戦後の影響まで事前に考慮されていたからに他ならない。被害が出ても国の結束がばらけないように妖精茶をご用意されていたのだ。



 魔術師クソジジイはドラゴンに食べられて死んだという。妖精様の証言からの推定だが、おそらく間違いないだろう。肌に桃色の斑点という呪いを発症させており、ドラゴンを召喚できる程の力を持つ老魔術師など、そうそう居るとは思えない。


 それから、エネルギア軍の侵攻を止めた羊には被害はなく無事養羊場に返すことができた。今回の訪問ではそちらの牧場主への褒賞も行う予定だ。それで私の今期予算はほぼなくなるのだが、致し方ない。



「俺は初めて見ますが、すげぇもんですなぁ。これが妖精ポーションの効果ですかい」


 王都冒険者ギルドの前ギルドマスターの男が言う。彼がエネルギアで魔術施設を機能不全にしていなければ、エネルギアとの戦争は未だ続いていたかもしれない。そしてエネルギアがおこなっていた人の命を魔力に変えるという悪事も表に出なかっただろう。彼の功績は大きい。


 エネルギアの魔術施設を抑えるため、事情を知っている彼もエネルギアに同行するらしい。私は辺境伯都にとどまり復興支援を行うが、彼や魔術師団長は明日にはエネルギアに向けて出立する。



「しかしですじゃ、数に限りがありますからな。今回でなくなってしまうでしょう。スタンピードのときから計画的に必要最低限の使用に抑えていたのが功をそうしましたなぁ」


 魔術師団長が言う通り、妖精様ポーションは今回でなくなるだろう。兄が帝国へ行っているが、その際万が一を考慮して妖精様ポーションを数個持って行った。それ以外の全てを辺境伯都に持ってきたのだが、被害が大きくぎりぎり足りるかどうかといったところだ。



「ありがとうございます、王女殿下。父もみなも無事回復しました。なんとお礼を申し上げればいか……」


「エレット……、良いのです。全ては妖精様のおかげですから」


 あれからずっと塞ぎ込んでいたエレットもようやく笑顔を見せるようになった。


「ああ、そうです。忘れていました。ニーシェ、妖精様ドールをエレットに」

「はい」


 以前エレットに渡した妖精様ドールは、エネルギア軍ごと焼き払ってしまっていた。そのため、新しい妖精様ドールを用意してきたのだ。


「まぁ、ありがとうございます」

「いえ」



「……失礼、そのお可愛らしい人形が例の妖精様なのでしょうか?」

「はい、そのとおりでございます」


 1人の男がエレットに話しかける。あれは、負傷していた西側貴族の1人だったか。


「私もその妖精様ドールが欲しいのですが……、手に入れることは可能でしょうか」


「それは……、王女殿下」


 エレットから男の紹介を受け挨拶を交わし、妖精様ドールは王都商業ギルドに問い合わせれば購入可能であることを伝える。そうすると我も我もと購入を希望する者が出てきた。



「妖精様はこの西の地を救った天の使いです。みな欲しがりますとも」


 そう言うものか。お母様が妖精様ドールを作られたときは、また可笑しなことを始められたと思っていたが、ここまで計算しておられたのだろうか。お母様も妖精様に負けず劣らず、先々のことを見通しておられる。王妃ともなればそういう能力が必須なのだろうか。


 王妃と言えば、兄に婚約者ができるらしい。次代の王妃となられるお方だ。そして私の姉となる方でもある。今兄が迎えに行っており、私が王都に帰還する頃には既に王都に来られている予定らしい。どのような方だろう。


 その方も、妖精様やお母様のように先々まで見通す力をお持ちなのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る