189. 外へ
クロス聖王太子殿下からの突然の婚約破棄から数日、どんよりと曇った冬の寒空の下で、私はようやくサルディア帝国との国境にたどり着きました。
小高い丘を越えると、丘に挟まれた国境線である谷に多くの人影が見えてきます。あの方々がファルシアン王国からの迎えなのでしょう。帝国の者も数名居るようですね。帝国側の王国の監視でしょうか。
2名程、非常に大きな魔力を感じます。丘を越える前、まだ相手が見えていないとき、聖女である私に匹敵する程の大きな魔力を感じて魔物ではないかと危惧しておりましたが杞憂だったようです。なるほど、これは帝国に勝利する筈です。これほど大きな魔力を持つ者が戦力に複数居るのであればそうそう負けはしないでしょう。
それにしても、まさか50名を超える大人数で出迎えられるとは思いませんでした。こちらは御者と私、そして護衛騎士2名にという少人数ですので圧倒されてしまいますね。
ファルシアン王国の迎えが見えてきたとき、まだ合流していないにも関わらずこちらの騎士2名が丘の上で止まりました。私が乗っている馬車が進むにつれ、どんどんと離れていきます。遠目にこちらを監視するようですね。護衛任務は建前で見張り役だったということなのでしょう。
これでも私は聖女であり公爵家長女でもあるのですが、国外へ出るというのに自国の護衛や侍女は同伴しません。通常は高位貴族が国外へ出る場合は自国の兵で固めると思うのですが……。妹が帝国へ赴いた際の見送り時は、一行が長い行列になっていたことを覚えています。
結界に守られた国内なら護衛なしでも問題ないのでしょうが、流石に結界外で護衛なしでは危険と思われます。幸いファルシアン王国側の護衛がたくさん付いてくださるようですが、私に何かあっても聖王国としては痛まないということなのでしょう。それどころか、私に何かあれば大事な聖女に被害を出したと嬉々としてファルシアン王国を非難しだすのかもしれません。
色々と考え事をしている間にも馬車は進んでいて、どうやら既にファルシアン王国の迎えと合流していたようです。コンコンというノックの音に返事を返すと、馬車を降りていた御者が馬車のドアを開けました。
「失礼、私はファルシアン王国王太子アーランド・ラ・ファルシアンです。あなたが聖女エフィリス・ア・ラーバレストですか?」
「左様でございます。お初にお目にかかります、アーランド王太子殿下」
驚いたことに王太子殿下直々に迎えに来られたようです。馬車から降りる間もなく挨拶を交わしたため、正式な挨拶はできず頭を下げるだけになりました。馬車を降りて改めてご挨拶させて頂こうとしましたが、笑顔で制止されてしまいます。そして2、3事務的な言葉を交わした後、一行は西へ向けて出発しました。
再び馬車内で1人になった私は物思いにふけります。王太子殿下の第一印象は好青年で武よりも知という印象でした。今後生涯を共にする可能性が高いお相手ですので、どのような方かと内心心配しておりましたが、やっていけそうなお相手でひとまずは安心です。
聖王国ではファルシアン王国を蛮国と呼ぶ
まわりの兵の方々も規律の取れた動きで身なりも小奇麗に見えます。蛮国というイメージからは程遠いですね。人は交流の少ない相手には少なからず偏見を持つと聞きます。聖王国は結界の中に閉じこもってきたため、外の国の情報は全て偏見に満ちているのかもしれません。
外の国でやっていくため、先入観を捨てて目に見えるモノ全てを細かく観察していきます。驚いたことに王国一行に魔術師は居ませんでした。遠くから感じた異常な魔力は一見平凡にしか見えない兵が携えている剣から発せられていたのです。あれは間違いなく魔剣でしょう。
同じ見た目、同じ魔力量、間違いなく姉妹剣ですね。あれ程の魔剣は聖王国ではお目にかかったことなどありませんが、外の国ではあのレベルの魔剣が量産されているのでしょうか。元敵国を横断する王太子殿下の護衛集団に2本だけと言うことは、それ程多く普及している装備ではないと思いたいのですが……。
結界に閉じこもって停滞している聖王国を憂い外部交流を増やそうとしたクロス聖王太子殿下の思いが、今なら少し分かる気がします。
国境から近い帝国の大きな街に入ると、その街並みに驚かされました。まず、一般の建物と思われる建物が高い。3階建程度の建物が普通に並んでいます。聖王国では城や神殿などを除くとそれほど高い建物は稀だと言うのに。
街は賑やかで、人々の顔に悲壮感はありません。とても敗戦国のようには見えませんね。おそらく帝国の一般の方々は敗戦したことを未だに知らないのでしょう。
帝国と王国の決戦はガルム期内に行われたと聞きました。ガルム期の暗闇で行われる侵略戦争は、自国の民に戦争開始を知らせずにこっそりと強行されることが多いと聞きます。そして勝った後で大々的に民に知らせるのです。負けた場合は戦争そのものが無かったこととして、敗戦を民には知らせません。
侵略で国土を広げてきた帝国は自国内に帝国を恨む地を多く抱えています。敗戦したことを過去の侵略地の人々に知られると内紛に発展する可能性があるのでしょう。しかし春になれば嫌でも情報が入ってくると思います。帝国は冬の内に立て直せなければ情勢がより危うくなるかもしれませんね。
街並みの所々にアーチ状のレリーフが見えます。あれらは空に掛かる"橋"を模したモノですかね。聖王国の周辺諸国は太陽神と双子神を崇め、空に掛かる"橋"を特別視する教えだった筈です。
結界内に閉じこもっていた聖王国は宗教的にも諸外国と繋がりが薄く、聖王国では自然を司る大地神様と、それに連なる精霊や妖精を崇めています。聖王国の結界の核となる光の玉はかつて神に仕える精霊様がもたらしたという伝承で、聖女は精霊との対話により聖王国に結界を張っているということになっています。
実際は精霊との対話などなく、光の玉に魔力を注ぐだけなのですが。そのため、私は精霊や妖精の存在に懐疑的です。間違っても他言できませんけどね……。
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