六章 聖王国
180. 冬のはじまり
地獄の書類作成が終わった今、ギルマス部屋でぐでーっとしていると来訪者を知らせるノックの音が鳴った。
疲れきってて人に会いたくないんだけど、そうも言っていられない。とりあえずササッと身だしなみを整えて入室を許可すると、入ってきたのは……。
「ダスターさぁん!
トロールの体毛はとっくの昔に納品されてきたからすぐに帰ってくるもんだと期待してたのに、帰ってきたのは何もかも全て終わった後とか、もう!
「ああ……、東の国境で、帝国戦に駆り出されていた」
「ええ!? どうしてです!?」
今回の王国と帝国のいざこざで冒険者ギルドが関わった内容は、ギルマスが纏めてギルド本部へ報告に行っている最中だ。その報告書に、ダスターさんの戦争参戦なんて記載できてないんだけど。
「ああ……、えーと、色々あってな。経緯は王城から、正式な連絡がくると思うが……」
「もー」
「それに書類作成なら、ギルマスも居ただろう? 他の職員も……」
「私は今期……、いえ、もう前期か。前期の目標達成率報告と今期の目標を纏めてたんですよ。他職員は国内の他ギルド支部の目標達成率と今期目標を確認して集計、ギルマスは王国と帝国の戦争に冒険者ギルドがどこまで関わったかを纏めてました。サラさんはその間なんと休暇とってましたよ! ほんとびっくり!」
あー、言ってて思い出してきたら腹が立ってきちゃった!
「しかも妖精様に拉致られるわ、ドラゴン出てくるわ、前ギルマスは大量の子どもを連れて帰ってくるわ、一時期ギルド内が託児所みたいになってたんですよ!?」
「あー……、え? あー、ちょっと情報量が多くて……、前ギルマスが戻ってきていたのは聞いていたが、……子どもを連れて? ご結婚なされた?」
「ぷっ、違いますよぉ。こんな短期間に結婚して子ども複数人産まれてとか、そんなワケないじゃないですかぁ」
もしそうだったら違う意味でギルドは大騒ぎだよね。
「なんかですねぇ、エネルギアで大量の人間を集めて、生命力を魔力に変換したりとか色々悪いことしてたらしいです。それを前ギルマスが救出して王国に連れ帰ってきたんですよね。大人は別のところへ行ってもらいましたが、親の居ない子どもをギルドで預かってたんです。20名以上いましたよ」
子守は全部サラさんに押し付けたけど。
でも後で確認したら、サラさんも全部他職員に押し付けてた。
ちなみに前ギルマスは今、王城に呼び出されている。エネルギアのあれこれを聞き出されてるんだろうね、たぶん。
「そんなことが……。それに、ドラゴンだって?」
「そうそう、そうなんです! 伝説のドラゴンなんて初めて見ましたよ、ホントに居たんですねぇ。ギルマスも確認して、ドラゴンに間違いないだろうって。レッドドラゴンじゃないかって推定だそうですよ。知ってます?ドラゴン。大きい真っ赤なトカゲにコウモリの羽が生えてて火を吐くんです。すごく大きかったですよぉ!」
「はぁ……、ドラゴンは知ってるぞ。誰でも1度は絵本で見るだろう」
「うーん、相変わらず冷めた反応ですねぇ。めちゃくちゃ凄かったのに」
ホント凄かった。ずおーって迫ってきてずがーんて。お城に火を吐いたときは死ぬかと思ったし。
「それをなんと、国王陛下が鳥に乗って空で戦ったんです! ホント絵本の世界でした!」
「え……? 国王陛下が? 鳥に乗って空で?」
「あ、今度そのときのドラゴン討伐の演劇があるそうですよ。説明するより見た方が早そうです。今度一緒に観に行きましょうか。あ、それからダスターさん宛に指名依頼も入ってますよ」
「え? ああ、構わないが……。指名依頼?」
「ええ。ドラゴン出現位置の調査。妖精様の話では、どうもそのドラゴンは誰かに召喚されたらしいんですよね。伝説のドラゴンを召喚なんてホントにできるか怪しいんですけど、王城からの依頼でもありますし、確認しないワケにはいかないですから」
「召喚? 俺は、魔法とか魔術とかには詳しくないんだが……」
ダスターさんが困った顔をする。だいたいいつも困った顔だけど、本当に困るとさらに困った顔になるんだよね。
「その点は大丈夫です。調査というか、どちらかと言えば護衛任務ですね。王城から魔術師様を含めた調査隊が派遣されますので、その護衛です」
「護衛? なら王城の騎士なり兵なりが護衛すれば良いんじゃ……? 戦争は終わったんだろう?」
その意見ももっともだ。私も最初はそう思った。
「それがですねぇ、だいたいの王城のリソースは出払うそうなんですよね。エネルギアには停戦協定に。あくどい技術の押収と調査や破壊という目的もあるそうで、こちらから出向くんだそうです。前ギルマスや魔術師団長様もエネルギアに行くんですって」
ダスターさんは分かったような分かってないような顔をしている。でもいつも通りだから分かってるんだろう。私は話を続ける。
「それから帝国への捕虜の返還と停戦交渉。エネルギアが拘束していた行く当てのない難民も、一部帝国に受け入れさせるそうですよ」
「ふむ……」
「まだまだあります。実は西の辺境は、エネルギアとの戦闘で被害甚大なんですよ。有力貴族当主の戦死も確認されています。その慰問と復旧に使節団。未確定情報ですが、帝国のさらに東の国に国賓を迎えに行くなんて話もありますね」
「冬なのに? 春まで待てないのか?」
まぁそう思うよね。普通、他国とか遠出になる場合は雪の積もる冬は避けて春になってから動くもの。
「急ぐ理由があるんですよ。まずエネルギアは最優先で押さえないと、あくどい技術が他国へ流出してしまう可能性があります。分かってるだけで透明化とか転移ですからね。それだけでも暗殺対策がすごく難しくなりますし」
「なるほど……」
「それから、春になったら他国が妖精様の力を求めて手を出してくる可能性が高いと王城は判断してるみたいですよ。だから冬の内にできるだけ問題を片付けておきたいんでしょう」
「そうか……。そんな話、ここでしても大丈夫なのか?」
「まぁ、あんまり宜しくはないかもですけど、この部屋は完全防音だから大丈夫ですよ。それにダスターさんは既に王国首輪付きですし」
「え?」
「え?」
ダスターさん、自分が首輪付きって気づいてなかった? こうなったら、強引に話を続けて誤魔化すしかない。
「と言うわけで、ダスターさんもドラゴン出現場所の調査および調査隊護衛の依頼です」
「……拒否権はないんだろう?」
「はい」
「……了解した。その任務受けよう。……っと、その前に、ここに来た目的だが……、ギルマスは不在だって?」
「そうですよ。纏めた資料をギルド本部へ報告しに行ってます。色々あって出発が遅れましたからねぇ、帰ってこれないかも……。雪が降る前に帰ってこられれば良いんですけど、積もったら最悪、帰還は来年の春ですねぇ」
積もっても頑張って帰ってきて欲しいんですけど、ギルマスっておっとりしてるところあるからなぁ。帰ってこないかも。
「そうか……、じゃぁ代わりに頼むが、使わないときだけ、これを預かってて欲しい」
「なんです? 剣? 良いですけど。何故です?」
冒険者が予備の剣をギルドに預けるなんて聞いたことがないよ。それに凄い剣だ。そのまま使えば良いと思うんだけど……、ってもしかしてこの剣……?
「妖精剣だ」
「やっぱりー!! 普通に使えば良いじゃないですかぁ!」
「いや……、それを持ってると、…………トロールに間違われるからな」
……どういうこと?
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