179. そして伝説へ

 ドラゴン事件から数日、ようやく太陽が顔を出した。いやー、明るいって素晴らしい。太陽って暖かい。


 それからまた数日して、銀髪ちゃんと鳥籠メイドさんが帰ってきた。ようやくだ。ようやくドラゴン戦を知らない人にドラゴン戦を熱く語れるよ!


 銀髪ちゃんは帰ってきたときは何やらすごく落ち込んでたんだけど、みんなと色々話して元気を取り戻したっぽい。長く家を離れてホームシックになってたのかな。とりあえず元気が出たのなら話しかけても良いハズだ。


 まずは鳥籠メイドさん……。鳥籠メイドさんと呼んでも分からないか。えーと、名前は……。そうそう。


「シルエラ、シルエラ」


 私が呼びかけると鳥籠メイドさんは目を丸くして驚いた。いつも機械のように真面目な鳥籠メイドさんのこんな驚いた表情、初めて会ったとき以来かもしれない。見れば銀髪ちゃんも驚いている。


「XXX私XXXX名前XX呼XXX!」


 え、何だって? んー、名前呼んで欲しいの? うーん、名前、名前……。銀髪ちゃんの名前って何だ? でもこの期待に満ちた眼差し、分かりませんとは言い辛い。ここは一か八か……。


「ティレ」


 銀髪ちゃんが満面の笑みを浮かべた! 正解! 正解です! 普段仏頂面のクール系お姫様の満面の笑みは見ごたえがあるね。



 そのときふと圧を感じて振り返ると、ドアップ様の顔がドアップで視界を埋め尽くした。ひぇっ、いつの間に!?


 すごい笑顔だ。めちゃくちゃ無言の圧力を感じる。あー、これはあれだ。言葉を覚えたての赤ちゃんに名前を呼んでもらおうイベントだ。だから名前を呼べば正解のハズ。ドアップ様の名前……。え、知らんよ!?


「ドアップ」


 ドアップ様がすごい笑顔でゆっくり首を左右に振った。圧が上がる! 知ってた! 違うって知ってた! さすがに本名ドアップはないでしょ。


 そのとき鳥籠メイドさんがめちゃくちゃ小さい声で何かを呟いた。


「――エリザ」



 ドアップ様が微笑んだ! 正解! ありがとう鳥籠メイドさん!


 いやー、表情って笑顔から微笑みに変えられるんだなぁ。それにしてもドッと疲れたよ。



 その後パーティーみたいなのが開かれた。打倒ドラゴンの祝勝会かな。豪華なお皿に乗せられた見覚えのある料理……。嫌な予感がする。うわー、お魚パイだ!


 鳥籠メイドさんが1番に切り分けてくれる。出されたモノを食べないワケにはいかない。パクリ。うんうん、外側は美味しいんだよね。パクリパクリ……。



「不味い」


 あ、言っちゃった。パーティー会場に衝撃が走る。しまった、つい本音が出ちゃったぞ。どうしよう、この空気。



 そこへ闖入者が、勇者くんが帰還したのだ。うわー、キミは帰って来なくても良かったかも。白い歯をニカッと見せながら大股で歩み寄ってくる、絶対何かする気だ! 来るなー、どっか行け!


「XXX俺XXXX名前XX呼XXX!」


 おまえもか! おまえも名前呼んで欲しいのか!? おまえの名前なんか知らんよ。


「勇者!」



 その瞬間周りがざわめきだす。勇者くんは驚いてフリーズしていた。そこかしこから「勇者……?」「勇者……!」と聞こえてくる。


 うーん、これは勇者くんが勇者だと勘違いさせてしまった? それはないか。幼児が覚えたての言葉を並べ立ててる程度の認識だろう。まさかここから勇者伝説が始まったりしないよね。でも周りのテンションを見てると心配になってくるな。なんか勇者くんも喜びだしたし、銀髪ちゃんもキラキラした目で見ている。


 うーん……、まいっか!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る