173. 笑うな
「来たか。早かったな」
「あ……、はい……。えーと、王子殿下におかれましては……」
「ふむ、評判通りの男のようだな」
目の前の冒険者は口下手らしい。あまりにも会話が成り立たないという理由でいつも
「エルンの森での働き、ご苦労だった。貴殿のおかげで帝国兵に国境を素通りされるという問題はなくなった。帝国は裏でトロールによるスタンピードを狙っていたそうだな」
「はい……」
ふむ、この男相手に詳細な話を聞きだすのは億劫だな。先程から床を見つめたままだ。普通の平民でもいきなり王族と会話するのは敷居が高いだろうに、もともと口下手だと言うのならまともに喋れんだろう。おおよそは報告書で把握しているからそっちは良いか。
「来てもらって早速で悪いが、やってもらいたいことがある」
「はい……」
「先に状況を説明するぞ。今、国境の向こうに帝国兵が陣取っている。今朝、そこに妖精人形を投げ入れた。敵は混乱の真っただ中だ。しかし撤退する様子がない」
「はい……。それを、殲滅すれば?」
なるほど、発言は難しくとも聞くことはできるようだ。なら問題あるまい。
「ああ。今こちらには水、風、光の妖精剣がある。しかしこれらの妖精剣が放つ刃は対魔術用盾には通用しないらしい。そこで貴殿が持つ土の妖精剣の出番だ。以前の王城襲撃時は、土の妖精剣で対魔術用盾の装備者の体勢を崩し、その隙に他の妖精剣で攻撃したらしい」
「なるほど……、で、ございます」
「これから騎兵で突撃する。その際、貴殿には対魔術用盾の相手をしてもらいたい。ついでに妖精人形の回収だ。馬は乗れるな?」
「承知……しました、です。えと……、馬は、いりません。馬より、速いので……」
「む?」
「えと、馬より速く、走れます」
「なるほど。承知した」
事は相手が混乱から立ち直る前に終わらせる必要がある。すでに俺も合わせて騎馬500騎が待機中だ。
「よし、行くか」
「殿下。やはり殿下が行くのは危険ですよ」
「ふん、今更だ。俺が死んでも影響はない。出撃ッ!」
「おおおおおおッ!!」
砦門が開かれ騎馬が駆け出す。例の冒険者も付いてきてるな。本当に馬と並走してやがる。妖精に強化されてこうなったってことは、同じように妖精に強化された父上も馬と並走できるってことか。馬より速く走る国王陛下を想像するとなかなかにシュールだ。
――ヒュッ
矢が飛んでくる。いかんいかん、気持ちを切り替えねば。左腕の盾を構え光の妖精剣を振るう。その一振りで敵弓兵の一列とその後方が骸と化す。
「おおおおおッ!」
妖精剣の威力に士気が上がる。しかし光は使い辛いかもしれん。水や風と違って相手に当たっても威力が落ちずに延長線上のモノを全て斬り裂いてしまう。乱戦では使えない。少人数戦でも後ろに味方や傍観者が居れば使えないだろう。市街戦など以ての外だ。建物を斬り刻んでしまう。
光の妖精剣で大雑把に削り、水と風の妖精剣で大きな取りこぼしを対処、できた穴に騎兵が突っ込む。包囲されないようにそのまま離脱。それを繰り返して徐々に敵陣中央に近付く。途中出てきた対魔術用盾は土の冒険者が上手く対処してくれた。
「止まれ! 止まらぬと魔剣の錆にしてやるぞ!」
順調にいっていた突撃戦だが、2人の男が突っ込んでくる。装備からして中々の地位にいる者のようだ。しかしあの剣……。
「止まるな! 右寄りに敵を掠めて離脱する!」
しかし相手もかなりの手練れのようだ。弧を描く軌道で走るこちらの側面に追いすがってきた。速い! その2人の手練れがショートソードを高々と振り上げる。一目でただの剣ではないと判断できた。光っているのだ。だ……駄目だ、まだ笑うな……。こらえるんだ……。し……しかし……。
――ふにゃ
振り下ろされた剣はふにゃりと曲がり、何の被害も出さなかった。
その後、我々王国軍は勢いを落とすことなく帝国第2皇子を拘束することができ、そうして帝国との戦争は終わったのだった。
非常に上手く収められた。どちらかと言えば妖精人形の回収の方が大変だったくらいだ。
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