174. クソジジイ
草陰に伏せエネルギア軍を観察する。
「姫様、気を付けてくださいよ。頭が高いです」
「分かっています」
羊のおかげで周辺貴族の援軍が間に合い、エネルギア軍を挟んで辺境伯都の反対側に貴族私兵が集結しつつある。破壊された砦に居た敗走兵も合流し、貴族軍を形成して反撃の機をうかがっている状況だ。その中には辺境伯様の顔もあった。
「透明化魔道具には時間制限がありますからね……。タイミングが重要です」
「あまり無茶はしないでくださいよ、姫様」
「多少は問題ないでしょう。結界がありますから」
じっとエネルギア軍を観察する。敵の動きを冷静に見つめる自分と、土の匂いとはこんなだったかと全く関係のないこと考える自分、それらの自分を俯瞰して見る自分が同居している。不思議な心境だ。虫が体を這う感覚もあるが動く訳にはいかない。今、私は重要な作戦を遂行中なのだ。
まず可能な限りエネルギア軍に近付く。そして恩師と呼ばれる高齢の魔術師を見つけるのだ。襲撃してきた男達を尋問したところ、砦を1撃で破壊できる程の魔術はその恩師と呼ばれる魔術師にしかできない芸当らしい。
その魔術師を発見後、タイミングを見て透明化の魔道具を使い私1人で接近。そのまま短剣で暗殺、が作戦1。作戦2は魔術師の暗殺に失敗した場合、炎を撃ち上げて場所を辺境伯都の塁壁上にいるシルエラに知らせ、私ごとシルエラの魔術で撃ち抜くのだ。
どちらも妖精様の結界が前提の作戦だ。結界がシルエラの全力に耐えられることは確認済み。失敗しても結界に守られた私がやられることはない。ここまで付いてきてくれた近衛とはここで分かれる予定だ。この先は私1人でやるしかない。
個人的な偏見では偉い人間はだいたい豪華な場所に居る筈、そういう基準でエネルギア軍を確認していく。じりじりと草地を這って進み、膝が耐えられない程痛み始めた頃、ようやくそれらしき魔術師を発見した。
神輿のようなものを設置して、その上の玉座に戦場では場違いな程の高齢な老人が座っていた。気温の落ちたガルム期の冷たい風を受けてバサバサとローブがはためいている。薄暗いこともあり顔まではここからでは分からないが、他とは一線を画す大きな魔力だ。間違いないだろう。
「見つけました」
「なるほど、アレですか」
「ここからなら、透明化してあそこまで行き作戦遂行する時間は
「はッ」
――ズアァ……、ドゴォォォォ……!!
「えっ!?」
1本の赤いラインがエネルギア軍から貴族軍へ引かれたと思えば、動き出した貴族軍の1/3程が一瞬で消えた。爆風が白いドーム状に広がり、この距離でも目と耳がおかしくなりそうだ。攻撃判定ではないのか、結界は発動しなかった。
あれ程の威力を溜め動作無しの無詠唱で発動? あんなものが相手では戦いにならないではないか! 魔術師団長ですら気合を入れるためワンテンポ遅れるというのに。
――ドシュー……、ドゴォォォォ……!!
しかもノータイムで2発目! クールタイムに隙ができるという甘い考えも捨てなければならない。
「魔術大国とはこれ程なのか……、噂以上だ。姫様……、危険ですよ」
「いえ、アレを見てこの作戦が必須であると確信しました。あんなもの真正面から相手してはどうしようもないでしょう。私がヤります」
「しかし……」
「
私がニヤリと微笑んで見せると、近衛も苦笑を返してきた。
「全く……、必ず帰ってきて下さいよ」
「当然です」
透明化して走る。ここからは1人だ。失敗はできない。失敗してもこの場で私が死ぬことはないかもしれないが、その後は高確率で王国を落とされるだろう。
できれば作戦1、短剣の1撃で決めたい。シルエラの大魔術は詠唱中に大きな魔力が集まる。魔術師なら誰でも大魔法を準備していると気づくだろう。シルエラが詠唱を始めれば、それに気づいたあの魔術師に辺境伯都の塁壁ごと吹き飛ばされてしまう。もし作戦2を決行するなら、あの魔術師の行動を何とかして妨害しなければならない。
エネルギア兵の間を縫って音を立てないように走る。まかり間違って誰かに当たることなどないよう、細心の注意を払わなければならない。しかし、あまりグズグズしていては透明化が解けてしまう。
気を擦り減らしながらなんとか神輿にたどり着き、神輿の傍に居る側近らしき男達の間をすり抜け、ゆっくりと音を立てないよう登る。魔力もできる限り抑えなければならない。息が荒くなりそうだ。自分の鼓動がうるさい。ドックンドックンという胸の音でバレてしまわないか気が気でない。
貴族軍の方を眺めている老人の前に立つ。背後から襲いたかったが前からしか登れなかったのだ。ナイフを抜き構える。落ち着け、まだ見つかっていない。震える手を何とか押さえつける。
ふと老人の顔が目に入る。いくらガルム期で薄暗いとは言え、この距離だ。まわりには照明も焚かれている。顔や腕に桃色の斑点が見えた。お母様の呪いと同じ症状だ!
手の震えが止まらない。お母様の呪いが解けたとき、魔術師団長は呪いが術者へ返ったと言っていた。呪い返しだ。そして、呪い返しを目撃した侍女は何て言っていた? 西の方向へ飛び去った。そうだ、呪いは西へ返ったのだ。西とは、エネルギアだ!
クソ、こいつ! 最初の呪いで亡くなられた前宰相が発症したのは3年も前だ。春から裏切られたのではない。少なくとも3年前には裏切られていたのだ。我が国が落ち目となったから裏切られたのではなかった。エネルギアが裏切った結果我が国が落ち目となったのだ!
「む!?」
しまった、気取られた! 怒りのあまり魔力を抑えきれなかった! しかしこの距離だ。いける! 私は腕を突き出し倒れ込むように短剣で魔術師の胸を狙った。
「ふぉっ!」
――ガキン!
クソ、防がれた! 青く半透明な壁で短剣が止められている。防御魔法だ。隙など伺わずにさっさと殺しておけば良かった。しかしまだ透明化していられる時間はある。後ろに回ってもう1度……。
「何奴じゃ!? ほれ!」
「なっ!?」
老人の軽い掛け声で、私の透明化が解除されてしまった。
「ほう、ファルシアンの小娘か。ふぉっふぉ、透明化魔道具を開発したのはワシらじゃよ。無効化の手段も当然用意しておるわ」
しまった。相手に透明化無効の手段があるとは考慮していなかった。
「こ奴を捕えろ! 腕や足くらい無くなっても構わん!」
「はッ!」
しかし焦るな。結界があればまだ挽回できる。周りからエネルギア兵が迫ってくるが関係ない。
「シルエラあああああッ!」
気合で魔術を放つ。炎が高く撃ち上がった。
「ふん、苦し紛れの攻撃か? ――ぬ!? この魔力は!?」
すぐに辺境伯都に莫大な魔力が集まり始める。伝わった。シルエラが詠唱を始めたのだ。
「お前の相手は私だぁッ!」
「小賢しいッ! 魔術とも呼べんチンケな魔法など、な!? 妖精!?」
魔術を撃つと同時に、腰に隠していたエレットの妖精様ドールを投げつけてやった。クソジジイの注意が妖精様ドールに向き、直後に視界が光で塗り潰される。シルエラの大魔法が炸裂したのだ!
周囲の光と音が収まるまで数秒耐える。後に残ったのは結界に守られた私と、防御魔術でなんとか耐え抜いたクソジジイだった。あれでも死なないのか、この死にぞこないめ。しかし、すでに瀕死だ。もう抵抗できないだろう。けど、ノータイムで魔術を撃てる相手だ。念のため首元に短剣を突き付けておく。確認しておかなければ。
「ぐ、ぐぉ……。おのれぇ……ッ!」
「おい、クソジジイ。お前がファルシアン前宰相と王妃を呪った術者か!?」
「ふん……、そ、その通りじゃ……。しかし今や……、その呪いで、死にかけじゃがな……。はっ」
「クソ、やはりか。何故今になってこちらに進軍してきた?」
「はぁ……、はぁ……。ファルシアンを……落とせば、聖結晶と、霊石が手に入る。それがあれば、解呪も可能じゃ……。お前らが呪いなど返すから、こちらも進軍せざる、を得なくなった、のじゃ……! はぁ……、はぁ……。まぁ、そうでなくとも、ファルシアンなど
「……もしかして、スタンピードもお前達の仕業か?」
「ふぁっふぁ……、ぐふっ、ゴホッゴホッ。今更か。そうじゃとも。大規模転移陣で、帝国に
どうりで。スタンピード発生地点から特殊な魔術の痕跡が調査で見つかっていた。しかし、帝国にそれ程の魔術技術力があるなど違和感があったのだ。
「しかもじゃな……、その大規模転移陣には、貴様らが崇めとる妖精の霊石が、使われておったのじゃよ。滑稽じゃな……、自分達を守っていると思っていた、存在が出した、霊石でスタンピードが、起こったなど……」
「……」
訊きたいことは訊いた。もう良いだろう。
「ふぇっふぇ、ただでは死なんよ……! 転移」
「あっ!」
しまった! 最後の最後でしくじった! 私は大量の肉が焼ける匂いの中、空になった玉座を呆然と見つめることしかできなかった……。
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