172. 混乱

 昨日の大敗から一夜、わめく皇子をなだめ、なんとか部隊を再編し、騎馬隊と魔術師の損耗を考慮した計画を練り直してようやく再出撃というタイミングで1発の岩が飛んできた。


「閣下! 投石器によると思われる岩が!」

「うろたえるな! 軌道を見極めろ!」



 王国の砦から我々帝国部隊が居るこの距離まで、通常では投石器による攻撃は届かない。しかしあり得ない訳ではない。1発ないし2発で高い効果が望めるのであれば、魔術にて飛距離を伸ばすことは可能だ。あの軌道、おそらく風魔術でのブーストだろう。


 しかし解せない。これ程離れていれば落下地点を見極め避けることは難しくない。ガルム期の暗闇の中でもだ。それは相手も分かっているだろう。これほど飛距離を伸ばすには数人の魔術師が枯渇するほど魔力を注ぐ必要がある筈だ。それほどの消耗に対して見込める効果が低すぎる。


 ズズーン……ッ!


「被害はッ!?」

「……ありません!」

「よし!」


「あっ……?」

「どうしたッ!?」


 被害なしと報告した兵が直後に素っ頓狂な声を上げる。破片などで負傷した者が出たのか、抉れた地形で足を取られた馬鹿でも居たのかと思ったが、どうやら違うようだ。何故か悲鳴が上がり始めた。



「ぎゃっ!?」

「な、なんだ? 痛ぇ!」

「お、俺の腕が!」


「どうした!? 状況はッ!?」


「うわー!」

「あああああ、なんだこいつ!?」


「状況はッ!? 答えろ!」


 なんだ、何が起こっている? どうやら先程の岩は練度の低い前衛部隊の近くに落ちたらしい。突っ込ませることだけが目的の寄せ集めの捨て駒部隊だ。不測の事態に状況を正確に報告できる者が居ないらしい。出撃直前のこの混乱は不味い。


「どうした!? 昨日の失態に続き今日もこの様なのか!?」


 ええい、馬鹿な皇子がまた喚きだした。余計に混乱するではないか。



「おい、お前。状況を確認してこい」

「はッ!」


 近くにいた適当な部下を走らせる。しかしその間にも騒ぎは広がっていた。何人かは抜剣しているようだ。何かと戦っているのか。周囲の騒ぎに落ち着きを無くした一部の馬も騒ぎ始めた。せっかく整えた隊列が乱れてしまうではないか。


 ピカッ


「うわ!?」

「まぶしッ!?」

「あっ、馬が!」


 何が光った!? 突然の閃光に驚いた馬が恐慌状態に陥り落馬者が続出した。それに驚いた馬がまた錯乱し、騒ぎの輪は連鎖的に広がっていく。最早収拾が付かない!


「閣下! 妖精です! 妖精が攻めてきました!!」

「なんだと!?」


 妖精は北の地で行方知れずだったのでは? まさか我々帝国を狙って今まで潜伏していたと言うのか!?


 しかし光るが殺傷能力はないと報告にあった。脅威ではない。それに移動力も遅いらしい。落ち着いて対処すれば剣で叩き落せるとも聞いている。


「落ち着け! 3番隊、妖精の対処だ! 他は馬を下げて落ち着かせろ! 敵は妖精! 殺傷能力はない、光るだけだ! 落ち着いて対処しろ!」


 3番隊は昨夜再編した剣士中心の部隊だ。その後も何度か光っている発光箇所を中心に部隊が下がっていき、剣と盾を構えた3番隊の歩兵が取り囲む。


「なんだ? 居ないぞ?」

「消えた?」

「そんな馬鹿な」


「どうした!?」

「妖精が消えました! 距離を取った瞬間に……、ぐわーッ!?」


 一瞬の閃光で目を閉じる。再び目を開けたときには兵が肩を抑えてうずくまっていた。腕が切り落とされている! なんだと!? 殺傷能力は無いのではなかったのか!? 消えるわ光るわ斬られるわで何でもありではないか! これ以上パニック状態に陥る前に何とかしなければ。


「包囲を維持しろ! 魔術師! 3番隊が包囲している空間を焼き尽くせ!」

「はッ!」


 ――バスン、バスン、バスン

 ゴォ!

 ズオオオッ!

 ボシュッ!


 何もない空間へ魔術が炸裂していく。熱風に混じり土の焼ける臭いが辺りを包んでいった。これで終われば良いのだが……。


「…………」

「……やったか?」



 ピカッ


 駄目だ! 包囲の外に出られていた!

 再びのパニック、逃げ出す兵達。


 ……この遠征は失敗だ。


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