168. 秘密

「畜生ッ! あんな結界情報になかったぞ!? うぐ……、腕が動かん」


 俺をこの場に拉致したであろう男が、左肩に受けた傷にジャブジャブとポーションを掛けて唸っている。しばらく見ねぇと思っていたが、何かと戦ってきたのか。出会った時は剣士の恰好をしていたこの男だが、今はどう見ても魔術師だ。



「おい筋肉ダルマ、貴様はファルシアン王都冒険者ギルドの前ギルマス様だろう!? 抜けている情報があったぞ! まだ喋っていない事があるんじゃないか!?」


 傷を負った男が必死な形相で凄んでくる。この傷では妖精ポーションならいざ知らず、通常の回復薬では左手はもう使い物にならんだろう。それ程の何かが起こったと言うことか。おそらくファルシアン王国とやり合ったのだろう。


 この男は今、俺を完全に洗脳できていると思い込んでいるらしい。監禁状態とは言えある程度自由にしていられるのは、洗脳されている演技を俺がしているからだ。どんな演技をすれば洗脳されているように見えるかは、周りの奴らを見ていれば分かる。なんとここに監禁されている数十人みな、軒並み洗脳状態なのだ。



「――訊かれた事は……、全て話した……」


 相手の男を直視しないように虚空を見つめたまま答える。実際、ある程度ぼかして答えていたものの訊かれた事はほとんど全て話したのだ。妖精が絡んだ事件は有名過ぎる。吟遊詩人が話を広げているのだから当たり前だ。そんな有名な話を当時のギルマスである俺が知らないなどと答えてしまえば、洗脳できていないことが一発でバレるだろう。


「結界だよ結界! 王女が結界の魔道具を身に付けていた。何か知っているだろう? 至近距離からの魔術攻撃すら無効化する程の強度の癖に、耳飾りにできる程小さいヤツだ。知らんとは言わせんぞ」


「――知らん……。王族の秘匿された装備など……、冒険者ギルドでは把握していない……」


 本当に知らんぞ。言っちゃ悪いがファルシアン王国は最近までかなりの落ち目だった。王城内の宝物ほうもつもだいぶ売っ払っていた筈だ。そんな高性能な結界魔道具が残っていたとは思えない。考えられるとすれば、やはり妖精か。


 おそらく俺が洗脳されなかったのも妖精のおかげだろう。ファルシアンを出る際に餞別でもらった妖精茶は精神安定効果があると言っていた。あの妖精のことだ。精神安定と言っておきながら、精神的な悪影響を全て防ぐとかもやりかねん。



「畜生、役立たずめ。じゃぁ、透明化魔道具の対策はどうだ? ファルシアンはどう対策しようとしていた?」


「――垂れ幕を出入口に掛ける……、その程度だ……」


 透明化対策は王城でもギルドでも対策が練られたが、満足な案などなかった筈だ。どうしてそれを今訊いてくる? こいつの傷は透明化を無効化されて付けられたのか?


「それは前に聞いた! それだけじゃないだろう!? 透明化を無効化する薬品を開発していた筈だ。あの薬品はあとどれくらい残っている?」


「――知らん……。そんな薬品が開発されたなど……、聞いていない……」


「なんだと!? お前、何も知らないじゃないか!」


 そんなこと言われてもな、知らんもんは知らん。夏に透明化魔道具の存在が発覚して、秋までにそれを無効化する薬品など開発できるか?


 まさかそれも妖精のおかげと言うのか。スタンピードのときもあり得ない程の先回りで対策を用意していたらしいあの妖精、今回もその想定内だったらしい。俺がエネルギアで拉致され洗脳されることも予想済みだったのかもしれんな。


 俺が今現在の妖精の様子をあまり知らないのも必然だったのだろう。エネルギアに情報を抜かれないように、俺が出て行ってからエネルギア対策に乗り出した可能性が高い。そして妖精が俺に何を期待しているのか……、周りを見れば理解できる。



 はっきり言ってエネルギアはヤバい。何故エネルギアが魔術大国と呼ばれるまで成長できたのか、この場を一目見れば誰でも分かるだろう。こいつら、命を魔力に変えていたのだ。


 ファルシアン王国の雨を止めて不作を起こし、口減らしで売られた人物を買い込んでいたらしい。違法に捕まえてこられた人間も居るようだ。そうして集められた人間は洗脳され、エネルギアに有用な情報を全部抜かれた後、死ぬまで物言わぬ魔力タンクとなるのだ。



 おかしいと思っていた。周辺諸国でエネルギアだけが突出して魔術レベルが高いことに。他人の命を燃やして得た膨大な魔力で、魔術師の育成をゴリ押ししていたのだ。この事実が明るみに出れば、周辺諸国はいっきにエネルギアの敵に回るだろう。


 軒並み洗脳されているおかげと言うのもなんだが、幸い見張りがほとんどいない。そのため、それとなく調べるのは容易だった。魔術師共が自分の功績を独り言のようにベラベラと喋りまくっていたのも容易に調べがついた要因だ。


 また、さすがに武器は取り上げられているものの、所持品を取り上げられたりもしていない。妖精茶の花弁はまだほとんど残っていた。


 捕まっている奴らの洗脳を妖精茶で解く。そして拘束を解いて全員で脱出するのだ。ついでにこの施設も破壊できればなお良い。そうすればエネルギアの魔力の元を断つことができる。そしてこのおぞましい悪事を世間に公表するのだ。それが、妖精が俺に期待していることだろう。


 近々エネルギアはファルシアン王国を攻めるつもりのようで、戦力を東へ移動させているのだろう。今の施設は以前にも増して見張りが居ない。この施設の無力化は不可能じゃない。



「畜生、転移回数もなくなったのだった。転移回数の補充は実験体1人を絞り尽くす必要がある。ファルシアンが持ち直して実験体も手に入り難くなったと言うのに……」


 転移……。遠く離れた場所へ一瞬で移動する古代の秘術だったか。こいつら、転移まで実用化していたのか。そりゃこんなのが裏で暗躍してたんじゃ、ファルシアンは勝てなかった訳だ。勢力的には劣るものの技術的には拮抗していた帝国の相手をしていたと思えば、裏にこんな悪魔が蠢いていたのだから。


 しかも、回数補充に実験体を絞り尽くすってか。つまり、こいつが1回転移するには誰か1人死ぬ必要があるらしい。こんな奴らをこれ以上のさばらせておけば、被害はどんどん広がっちまう。やるなら今か。俺に背を向けて無防備に作業を始めた男に忍び寄り、頭を地面に叩きつけた。


「がッ!?」


 ――逝ったか。男から短剣と水筒を奪う。この水で妖精茶を作り、この場に捕まっている奴らを全員解放するのだ。何もかも妖精の思惑通りというのも何か癪だが1つ期待に応えてやろうじゃないか。


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