164. 光

 夜更け過ぎから突然雨が降り始め、風も出てきた。そのため足元もぬかるみ始めている。空を見上げれば星空が綺麗に見えることに若干違和感を覚えつつ、敵砦を眺めた。


 停戦前から10年かけて進めていた工作、本来はもう数年かけて王国を落とす予定だった。しかし、継承権争いで功績を欲していた第2皇子派の気のはやりで、今年度中に片を付ける流れとなってしまったのだ。全く、あの欲塗れの大臣め。


 雨が降り始めたことで嫌でも思い出す。王国に雨が降るようになってから計画が狂い始めたということを。大量の魔力を使い雨をめつつ魔力溜まりを作る。そうして雨不足による不作を起こし、魔力溜まりから強力な魔物を生むという計画だった。そう大臣からは聞いている。しかし生まれたのは訳の分からん妖精で、我々の計画は散々に引っ掻き回されている。




 夜が明けても雨は止まなかった。ガルム期は昼も暗いため夜明けを実感しにくいが、夜よりは明るい。


 2日目に入ってもスタンピード成功の連絡は来ない。本来なら今頃、トロールの森に配置した部隊が特異個体を町へ誘導してスタンピードを発生させている筈なのだが……。敵側を観察しても慌てているような様子は全くない。失敗したと想定しておいた方が良いだろう。後方撹乱は期待できん。


 例の魔剣は、渋る大臣からなんとか入手して戦場に持ち出すことができている。が、まだ魔法の刃を飛ばすことはできていない。使えれば強力だということは王国が1番理解しているだろうから、見せつけるだけでも脅しには使えるだろう。しかしそう何度も使える手ではない。ここぞというタイミングを見計らわねば……。


 さらには偵察からの報告にあった異常な魔力も不確定要素だ。一部の魔術師が恐怖を感じる程大きな魔力らしい。王国から奪った魔剣よりも大きな魔力とはいったいなんだ? この半年で出てくる不確定要素が多すぎる。



「おい元帥! 夜は明けているぞ。いつまで待たせるつもりだ?」


 第2皇子が急かしてきた。勝利が確実と見るや、わざわざ出張ってくるとは。我々第1皇子派が何故こやつのお守りをせねばならんのだ。第2皇子派は文官が多い。そのため軍閥派でもある我々にお守りを押し付けられたのだ。


「ハッ、間もなく出撃致しましょう」

「搾りカスの王国などすぐに落とせる。さっさとやれ」


 この皇子が無能であることは擁立している大臣も認識している。あれは無能な神輿が欲しいだけなのだ。帝国の未来を思えばやはり第1皇子殿下が次代の皇帝に相応しいと言うのに。


 戦乱に紛れてこの無能皇子を亡き者にしたいのはやまやまだが、ここで負ける訳にはいかない。ここで負けてしまうと諸外国に弱体化したと認識され来年春には帝国に攻め入られるだろう。王国への非道なやり方が明るみに出てしまった今、他国が王国救済を名目に参戦する前に一気に王国を落とす必要があるのだ。最早引き返せない。


 それに、ガルム期ももう2日目。太陽が照らないガルム期は日が進むにつれ気温がどんどん下がる。ガルム期が明けるとまた少し気温が上がるが、そのまま冬になってしまうのだ。気候の面でもあまりもたもたしていられん。


 しかし、皇子の言う通り今の王国は搾りカスであるのは事実だ。有能な者は率先して暗殺してきた。魔術師もほとんど残っていない。不作で満足に食べられず士気も低いだろう。回復薬類は何処かから補えたようだが、切り札の魔剣も奪っている。負けはない。勝ちは確実なのだ。理想は戦に勝って王国を落としつつも、道中のどさくさに紛れて第2皇子は無念の戦死、か。



「……では、出撃の合図を」

「うむ。スゥ……、出撃ーッ!!」


「出撃ーッ!」「出撃だーッ!」


 第2皇子の合図で銅鑼とラッパが鳴らされ、全軍が進軍する。しばらく進むと矢の射程に入り、敵砦から最前列へ矢の雨が降り注ぐ。



「よし。歩兵、突撃! 傭兵共もだ!」


 再び銅鑼とラッパが鳴り響き、シャベルを持ち盾を構えた歩兵が一気に走り出す。今回の歩兵は設置された障害物の破壊、撤去、堀の埋め戻しが目的のため、剣や槍ではなくシャベルを持たせてある。打撃で障害物を破壊でき、刃も付いているため多少の斬撃も行えるなかなか優れものだ。


 対魔術盾ではなく普通の盾のため、矢はともかく魔術が飛んでくればひとたまりもないだろう。しかし敵に魔術師は少ない筈。"王国の悪魔"や"妖魔の侍女"がこちらに来たという情報もない。突破できる。


 作戦通り歩兵と傭兵が障害物を破壊しながら進む。矢に倒れる者も出ているが物量でカバーできている。側面にも目を光らせているが、伏兵も今のところ居ないようだ。


 最前線が敵魔術師の射程に入った。一気に被害が大きくなるが所詮捨て駒。まだだ、騎兵を突っ込ませるにはもう少し馬防柵を除去しておきたい。……そろそろか、砦までの道が見えた。多少障害物は残っているが問題なかろう。


「騎馬隊、魔術砲台車、突撃ーッ!!」


 再度、銅鑼とラッパが鳴り響く。人馬共にチェインメイルを纏った騎兵が突っ込んでいく。チェインメイルで矢を防ぎ、盾は魔術からの防御に使うスタイルだ。馬上で馬を魔術攻撃から守るのは困難なのだが、我々の精鋭部隊にかかれば王国の搾りカスな魔術攻撃など問題にならん。


 その後ろに魔術砲台車が続く。あれが砦門を射程に捉えられれば勝ったも同然だ。全ては上手く進んでいる。しかし、それは突然に起こった。



「うおッ!? 眩しい!」

「うわあああ!? 目が! 目がぁ!」


 突然、敵砦門の上部が異常に強く光り輝いた。ガルム期で見えない太陽が急に地上に現れたようなこの明るさでは、目を開けていられる者など居ないだろう。


「ぐぎゃぁッ!」

「ぐふッ」


 視界が回復する前に至る所から悲鳴が上がる。まずい、攻撃を受けている!? ようやく目を開けられるようになってきたときには、魔術砲台車の半数が壊滅していた。咄嗟に防御魔術を使えた者だけが生き残ったようだ。


 強すぎる光を見たからか視界の中央が緑色に塗り潰され、状況を正確に把握できない。しかし非常に危険な状況であることには違いない。このままでは魔術師が全滅してしまう可能性もある!


「撤退! 撤退だッ!」


 すぐさま銅鑼が鳴らされラッパが吹かれる。撤退の合図だ。この満足に見えない状況でも銅鑼やラッパを鳴らせられたのは幸いか。


 しかし、他の皆もまだ視界が回復しきっていないのだろう。行動が遅い。もたついているうちに次々と倒れていく。


 どうやら最も前まで出ていた騎馬隊の馬が使い物にならない状況らしい。並大抵のことでは動じないよう訓練されている軍馬だが、さすがにあの光では恐慌状態に陥ったか……。


 皇子の位置を確認すると、すでにかなり後方まで下がっていた。逃げ足が速いとは思いつつも、この場に残られて口出しされるよりはマシかもしれない。



 ようやく視界が回復してきたとき、少しおかしなことに気が付いた。先程までは1度の攻撃で数人が倒れていたように思う。矢ではありえない。魔術攻撃だろう。しかし今はまた、矢を主力とした攻撃に戻っている。


 先程の光の後からこちらの視界が回復するまでの間、魔術攻撃を増やしていたのか? こちらが把握しているよりも王国の魔術師の数は多いのかもしれない。そしてそれを悟らせないように視力を奪った上で大量の魔術攻撃を放ったのだろうか?



 ともかく、もたつくのが1番危ない。素早く退却して、可能な限り早く立て直さねば……。砦門を観察しても幸い開く様子はないようだ。有難いことに追撃はないらしい。


「落ち着いて下がれ! 攻撃は矢主体に戻っている! 追撃もない!」



 気付けば雨は止んでいた。


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