163. 良い案

 東側国境の砦、開戦を前に煌々と照らされた一室で数人の重鎮と対策を話し合う。ガルム期初日の今日は特に動きが無かったが、明日2日目には敵が動くだろう。


 王国側の第二王子である俺はここ数年国境沿いに詰めていたが、これまで帝国側の皇族が出てくるなんてことは無かった。だと言うのに、今回は帝国の第二皇子が出張ってきている。それだけ今回の戦に勝機を見出しているか、向こうも崖っぷちなのか、そのどちらかだろう。


「殿下ぁ、それを照明代わりにするなんざぁ、恐れ多いんじゃぁねぇですかい?」

「そうですぞ殿下」

「今更ですけどね……」



 室内の1人が王族の俺相手にフランクな口調で問いかけてくる。王都でこの口調なら問題視されるが、戦場なんてこんなもんだ。ま、そのおかげで俺の口調もどんどん砕けてしまったんだがな。


「なに、ランプや魔道具よりも明るい上に、油も魔力も使わないんだぞ。これ程便利なもの、使わない手はない」


「へぇ、左様でございますかい」


 部屋中央の天井、本来は照明の魔道具が掛けられる場所に1本の剣をぶら下げている。光の妖精剣だ。良い感じに明るくなれと念じれば、良い感じに部屋を照らしてくれる。これほど便利な照明器具など他に見たことがない。


 部屋中央の妖精剣を話題にしつつも、全員の意識は部屋入り口に向けられていた。入口に掛けられた旗が揺れていないか気になってしょうがないのだ。何せ敵には透明になれる間諜が存在すると言うのに、こちらには満足な透明化対策がないのだから。


 この砦も建物や部屋などの出入口は旗や垂れ幕だらけとなっている。誰も居ないのに人が通ったような捲れ方をすれば、透明化した人物が通った可能性が高いということだ。



「それよりも話の続きをしよう。敵は1万5千、なかなか集めたもんだな……。対してこちらは砦に4千。防衛側だから数的には無茶な戦力差と言う訳ではない」


 国境を隔てる山脈、それを横断する谷に王国と帝国を結ぶ街道がある。その街道上で国境を挟んで帝国とにらみ合っている状況だ。こちらは砦、あちらは城攻めという形になる。


 街道両側の斜面は森になっているため馬車などは通れないが、斜面はそれほど急ではない。谷での戦でよくある生き埋め作戦などは取れるような地形ではない。



「ここ以外に敵は居ないんだよな?」


「報告によりますとエルンの森以外に帝国は居ないようですね。その森も例の冒険者が制圧済みです。つまり、ここを乗り切れば我々の勝利はほぼ間違いないでしょう」


 王国が捜索していた帝国の越境経路、それは帝国から王国南東の森の中まで長大なトンネルが掘られていたということが例の冒険者の調査で判明した。さらにそこに居た部隊を制圧までしたというのだから有難い。国境南側の広大な森を1人でカバーしてくれたのはでかい。国境北側は北部連合が防衛しているが敵影は今のところ無いようだ。


「現在は森の帝国部隊から行動意図を尋問中だそうです。早ければ明日午後にでも報告が来るでしょう」


「ふーん、裏から撹乱かくらんしようとでもしてたのか? 敵は森からの侵攻失敗をすでに知っていると思うか?」


「分かりません。運が良ければまだ知らない可能性もあります。それにしても、妖精に強化されたと言う冒険者、凄まじいですね……」


「ああ。陛下も強化されたらしいが、そっちも凄いらしい。なんでも鳥に乗って空を飛んだとか。全く羨ましい限りだぜ」


 あの妖精バカ、俺が居ないときに限って面白そうなことを始めやがる。……あーと、話が逸れたな。



「話を戻そう。敵は密集陣形。今はまだ野営中のため開戦後の布陣は不明だが、正規軍や貴族私兵の位置はそれほど変わらんだろう。なめられてるな」


 通常、敵側に魔術師がある程度いる場合、密集陣形はとらない。何故なら魔術の的になるからだ。矢なら密集していても盾で防ぎながら人海戦術で突破できるが、密集している箇所に魔術を撃ち込まれれば被害がでかい。


「こっちに魔術師はあんま居ねぇと思ってんでしょう。まぁ、実際その通りなんですがね」



 テーブルに広げられた地図の上に置かれた駒を見る。敵兵の位置を示す駒だ。帝国が侵略で併合した国のうち未だに反抗的で特に冷遇されている集団が外側に配置され、その後ろに傭兵、そこまではいつも通り。問題はその後ろだ。


「捨て駒のすぐ後ろの配置が普段と違う。いつもは帝国内で冷遇されている貴族軍が配置されていたが、今回は対魔術盾を装備した精鋭騎馬隊。さらにその後ろに魔術砲台車が多数……。そして攻城兵器は少ない、と」


 魔術砲台車は前面に装甲を施した簡易な馬車で、御者と魔術師の2人が乗り込み高速移動しながら魔術を撃ちまくってくる嫌な相手だ。いくつか弱点はあるものの、上手く使われれば一気に戦況をひっくり返されてしまう。ただし、魔術砲台車が威力を発揮するのは平地。この山岳地帯では街道を外れれば満足に動けないだろう。




「どうみる?」


「砦に突っ込んでくるのは明白でしょう。しかも相当自信があるようです。前衛を肉壁にして接近、騎兵で道をこじ開け、魔術砲台車で砦門を破壊。後は一気に流れ込む、といった感じですかね」


「電撃戦か。しかもこちらは密集陣形で敵進行を防ぐこともできない」


 敵に魔術師がある程度居る場合、密集陣形は自殺行為だ。こちらの魔術師が少ないため相手は密集陣形を組めるのに、相手に魔術師が多いためこちらは密集して電撃突破を阻止することができない。



「フェイクってことはねぇですかい? 向こうの魔術師も大分減ってた筈なのに魔術車が多過ぎますぜ」


「実際には魔術師はそれ程居ないのに、魔術砲台車だけ大量に用意して魔術師がそれ以上多く居ると誤認させようとしているってか? んー……、その可能性もあるかもしれんが、魔術師が少ないことに賭けて密集陣形を組むのは危険すぎるぞ」


「砦をセオリー通り攻めるなら攻城兵器をもっと用意してくるでしょう。それ無しに砦を落とす気でいるのなら攻撃魔術を多用するしかありません。魔術師は多いと判断するべきです」


「てぇなるとぉ、やっぱこっちは密集できませんなぁ」



「魔術砲台車に砦門を破壊されれば負けは確実だ。馬防柵も設置したのだろう? 塁壁の上から弓と魔術で迎え撃つとして、砦まで到達されると思うか?」


「歩兵と傭兵で馬防柵をある程度破壊、その後魔術で強引に突破されますと高確率で到達されるのではないでしょうか。単純な兵数で比較しますと防衛できる戦力差ですが、魔術師の数の差でかなり危険な状況と思われます」



「なるほどな……。じゃぁ、敵はこちらに妖精剣があることを想定していると思うか?」


「……していないでしょう。王城襲撃時の状況は私も聞きましたが、本当にこの剣にそれ程の力が?」


 そう言って照明代わりに吊るされている妖精剣を見上げる。まぁ、普通は信じられんだろうな、振るだけで魔法の刃が敵を切り裂き尽くすなんて。



「王城襲撃時の捕虜は返還したため、敵にも妖精剣の威力は正しく伝わっている筈です。しかし、そのような魔剣の存在を想定していれば、あれほど密集して陣を組まないのではないでしょうか」


「ふむ、やはり盗まれたと思い込んでいるか、有難い。……よし! 良い案がある。王都の頭の良い奴らが考えたいくつかのパターンだ。その中に使えそうなものがあるぞ。今から状況に合わせて練り直しだな」


「ハッ」

「はい」

「へいへい」


 さて、明日が王国存続を賭けた分かれ道だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る