162. 羊を集めよ
「被害は?」
辺境伯様が部下に問う。良かった、辺境伯様も無事だったか。
「死者4名、動けない者が5名、他は傷を負っているものの戦えます。また、馬が半数ほどやられました。王女殿下の馬車も走行不可能です」
あの数の魔術師に襲われたにしては被害が少ない筈だ。しかし、死者と重傷者のほとんどは私の馬車の盾となってくれた兵達。私が妖精様の耳飾りの力にもっと早く気付いていれば……。しかし嘆いている暇はない。これ程の数の魔術師が西の地で襲ってくるなど、完全に想定外。何か不測の事態が進行している可能性がある。
「なるほど……。動けない者と馬を失った者は別行動とする。まずは動ける者だけで急ぎ領都へ戻るぞ。別行動組は重傷者を最寄りの町まで届け次第領都へ。重傷者は養生しておけ。死者はこの場で弔う」
「ハッ」
「殿下、申し訳ありませんが私の馬車に同乗願いますぞ」
「はい、問題ありません。防衛ありがとうございました。ところで、この男の死体がないか確認して頂けますか?」
シルエラが持ってきていた透明化していた男の人相書を見せる。辺境伯様にも通達されていたのだろう、人相書を見た辺境伯様が目を丸くした。
「この男が、襲撃者に混じっていたのですな?」
「はい、その通りです」
「分かりました。おい! 死体処理時にこの男か確認しておけ」
「ハッ、承知致しました!」
そうして今日はこの場で野営となった。もともとは野営に向かない地形だったが、シルエラの魔術が周囲を更地に変えたため野営できるスペースができていた。まず負傷者の応急処置、そして犠牲となった辺境伯兵を弔う。彼らの犠牲を無駄にしないためにも、今後私は王国に貢献していかなければならない。
その後、辺境伯軍が敵兵の死体処理をしている間に私とエレットは物陰で身を清める。襲撃が終わってもエレットは青い顔で無言を貫いていた。血も見たことがなかったのだろう。あれ程激しい魔術戦も初めての筈だ。箱入りで育てられた彼女が視力が戻ってそれほど間も経たずに見た光景がこれでは、精神的に相当参っているに違いない。しかし、私には彼女にかける上手い言葉が思い当たらなかった。
「敵の狙いは何だったと思われますか?」
翌日早朝に一行の半数が辺境伯都を目指し出発した。その道中、馬車の中で辺境伯様と状況の確認を行っている。
「遅延工作にしては戦力が過剰でした。妖精様の結界がなければ間違いなく壊滅していたでしょう。この場で私と殿下を確実に殺そうとしていたのでしょうな」
私からは見えていなかったが、辺境伯様側も相当厳しく攻められていたらしい。幸いこの馬車も耐魔効果が施されていたことと、辺境伯軍がまず辺境伯様の防衛を優先したことから乗り切ったようだ。王家としては王族の命が二の次にされたことに怒るところなのかもしれないが、王国全体として見ると王族でも私のような小娘1人より辺境伯様が優先されることには納得できる。
「襲撃者は帝国と思いますか?」
「いえ、違う気がしますな。帝国は東の国境に戦力を集めている筈です。その
「では……」
「エネルギア」
クソ、やはりエネルギアか。
「そんな!? エネルギア王国は友好国の筈です!」
今まで黙っていたエレットが驚きの声を上げた。しかしこの場にいるニーシェとシルエラに驚いた様子はない。やはりあれ程の魔術戦ともなると、どうしても魔術大国を思い浮かべてしまう。場の雰囲気から察したのだろう、エレットの表情は驚愕から絶望に変わった。
いつから敵だった? 帝国が我々を追い詰めているのを見ておこぼれを掠め取ろうとしたか? それとも最初から敵だったのだろうか?
「襲撃がエネルギアだったとしまして、人相書の男が襲撃者に混じっていたとなれば、少なくともスタンピード直後から国として行動を起こしていたことになります。エネルギアでも一般には魔術師はそう多くないと聞きますからな。あれだけの質と数の魔術師を集めるとなると国が関与していない筈がありませぬ。となれば、我々と敵対する案が遅くとも春には出ていた筈」
「……そうですか」
なるほど、食糧援助もお母様の治療も断られる筈だ。春に大使として出向いた私は、エネルギアから見ればさぞ滑稽だったことだろう。
「あれ程大胆に襲撃してきた上で失敗したのです。あちらもバレたと認識するでしょう。次は大っぴらに行動を起こしてくる可能性があります」
「確かに」
襲撃理由がなんであれ、襲撃者が本当にエネルギアの者なら国際問題だ。次は国全体で動いてくる可能性は否めない。この場の全員が固い表情になっていた。
「ですので、急ぎ領都に戻る必要があります。可能性は低いと思われますが万が一エネルギアが正面から攻めてきた場合、王国は西と東の両方に対処しなければならなくなりますから」
「そうですね……。ところで、辺境都の近場に牧羊場はありますか?」
「――む? 確かにございますが……、それが如何致しましたかな?」
「良かった。では羊を辺境都に集めましょう。それが妖精様の思し召しです」
「なんと? しかしこの緊急時に……。いえ、妖精様はこれまでも突拍子もない手段で王国の窮地を救ってくださっていたのでしたな。我が娘の目も治して頂き感謝しかありませぬ」
「そうですわお父様。
「そうか……、分かりました」
辺境伯様が羊を集めるのに了承してくれた。私にも妖精様の意図は全く分からないが、妖精様に間違いはないのだ。羊を集めた後どうするかなんて全く思い付かないが……。
羊が王国を救うのだ。
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