161. 結界

 音と光が止む。……生きてる?


「なんだとッ!? 防御魔法!? いや、結界か!」


 魔術を撃ったであろう敵魔術師の驚きの声があがった。不発なのかと思ったが違うようだ。至近距離から光の攻撃魔術が撃ち込まれた影響で馬車内の内装はメチャクチャ、積み込まれていた荷物も散乱している。しかし、私とエレットの周りは光の膜のようなもので半球状に覆われ、その内側は無事だった。


「まぁ、貝殻の耳飾りが光っておりますわ!」

「そうか!」


 妖精様の耳飾り! 妖精様はこの事態を予知して私に守りを授けてくださっていたのだ! であれば、この状況を打破する手もご用意されているかもしれない。周りを見渡すと足元に果物の瓶詰が転がっていることに気付いた。妖精様が王城襲撃以前にご用意されたと思われるものの、その意図が分からず放置されていた瓶詰だ。


「畜生! 我ギルベルトが求める――」

「させるかッ!」


 見えない魔術師が2発目の詠唱を始める。状況を理解した近衛の声が響くが間に合うか分からない。私は咄嗟に瓶詰の蓋を開け、中身を魔術師が居るであろう真上にぶちまけた。


「ぐおっ! く、臭っさ!」

「ひゃぁ!?」


 長く放置していたためか、中身の果物は腐っていたのだろう。相手に当って果汁を飛び散らせ、辺り一帯に腐臭を撒き散らした。真上に投げたため腐った果汁は当然私とエレットにもかかる。


 しかしそんなことはどうでも良い。相手の透明化が解けた! 偽の魔剣を盗んだという男の人相書にそっくりだ。妖精様はこの状況の打開策もご用意されていたのだ。やはりこの瓶詰は敵に投げつけるのが正解だったか。突然のことに驚いたのか、相手の詠唱も中断されている。



「なんだこれは!? 透明化できない?」


 ドンドンドン――

「ふんッ!」

「うぐッ、――転移」


 馬車を駆け上がった近衛が剣を振り下ろし、男の血が飛び散った。しかしその直後、またも男の姿が消えた。さらに馬車に登って良い的になってしまった近衛に複数の攻撃魔術が迫りくるのが見える。


 下に私達が居るからだろうか、近衛が避けるのを躊躇ったように感じた。このままでは彼が危ない。私は急いで馬車をよじ登り、近衛を光の膜の内側に入れた。扉から顔を出す程度の高さなら、上の近衛も下のエレットも範囲内だ。


 ズドンズドンと恐ろしい音を立てて次々に魔術が光の膜に当たる。しかし妖精様の守りは打ち破られない。この中なら安全だ、冷静になろう。


 さっきの男はどこへ行った? 転移と言ったか? 転移とは、遠くの場所へ一瞬で移動する術式だったか……。透明化できないとも言っていた。妖精様の透明化対策だ。ならこの周辺に透明化して潜んでいるということはもうないだろう。


 それからシルエラは――、居た。思った通り、敵の妨害を受け満足に詠唱できていない。


「先程の男はもう透明化することはできません。あなたはここでエレット辺境伯令嬢を守りなさい。この馬車なら魔術も防げるでしょう」


「ハッ。……姫様はどうなされるのです?」


「私はこの襲撃を終わらせてきます」


 近衛を残し、馬車を飛び降りてシルエラのもとへ走る。幼少の頃に2番目の兄に付いてよく遊んでいたことが功を奏し、この状況でも多少は動けるのが有り難い。おかげで汚い言葉遣いも兄から移ってしまったが、この状況では感謝しかない。



「その小娘を止めろ! そいつが王女だ!」


 走る私を剣や魔術が妨害してくる。しかし妖精様の守りは鉄壁だ。そのまま戦場を駆け抜けシルエラのもとへたどり着いた。


「王女殿下ッ! どうしてこちらへ!?」


「この光の内側には攻撃が届きません。落ち着いて詠唱し、全ての敵を打ち払いなさい」


「……! 承知致しました!」



 そこからは圧巻だった。シルエラが放つ大きな光の帯が次々に敵魔術師を森ごと薙ぎ払う。真夏の昼間よりも明るく白に塗り潰されたような世界で敵の悲鳴が鳴り響き続けた。混戦中の敵前衛は、ニーシェがよく狙って動きを阻害していくことで着実に辺境伯軍に討ち取られていく。


 ほどなくして襲撃は収まった。


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